刑事訴訟における訴因変更の要否を判断した最高裁決定を紹介します。
最高裁令和7年10月20日決定
業務上横領罪について、裁判所が一部の月の横領額を検察官が明示した金額を上回る金額を認定したという事案です。
検察官が明示した横領額を上回る金額を横領額として認定するのに、訴因変更が必要か?が問題になりました。
訴因
訴因とは、刑事訴訟における審判対象のことです。訴因は、日時・場所・方法をもって罪となる事実を特定する必要があります。
裁判所が審判できるのは、訴因の範囲内に限られます。
訴因の変更
刑事裁判が進行する過程で、起訴状に記載された訴因とは異なる事実が判明することがあります。
たとえば、検察官は詐欺罪で起訴したが、公訴で被害者を尋問したところ、被害者は騙されたのではなく怖くなって金を渡したことが明らかになった場合、検察官は詐欺罪から恐喝罪に訴因を変更できます。
訴因の変更は、公訴事実の同一性の範囲内で行うことができます。
訴因変更の要否
訴因を明示するために、犯罪の日時・場所・方法が特定されます。その内、審判対象の範囲を確定するのに不可欠なものは、被告人の防御にとって重要です。その変更には訴因変更の手続きが必要です。しかし、ずれが小さく、被告人の防御に不利益を与えないのであれば、訴因変更の必要はありません。
公訴事実の要旨
弁護士会の経理担当職員として、弁護士照会手数料及び負担金会費等を管理し、同会名義の銀行口座への入出金等の業務に従事していた被告人が、平成30年1月から令和3年5月までの間に弁護士照会手数料又は負担金会費として受領した現金合計約8,544万3,156円を同会のため預かり保管中、平成30年2月頃から令和3年6月頃までの間、35回にわたり、現金合計約5,066万7,838円を着服して横領したという業務上横領事件です。
事案の概要
訴因には月ごとの受領現金額及び横領金額が明示されていた。
第1審において、検察官は、個別具体的な領得行為を特定することなく、被告人の月ごと、項目(弁護士照会手数料又は負担金会費)ごとの各受領現金額から、それぞれ所定の時期までに同会名義の銀行口座に入金された各金額を差し引いて算出される各使途不明金が、それぞれ当該時期に横領された旨の主張立証をし、第1審弁護人は、これを争った。
第1審判決は、上記業務に従事していた被告人が、平成30年1月頃から令和3年5月頃までの間に弁護士照会手数料又は負担金会費として受領した現金合計約6,095万3,765円を同会のため預かり保管中、平成30年2月頃から令和3年6月頃までの間、複数回にわたり、現金合計約3,468万3,408円を着服して横領した旨の罪となるべき事実を認定し、その全体が包括一罪であるとした。訴因と異なる事実を認定した理由は、被告人の月ごと、項目ごとの各受領現金額をいずれも訴因に明示された金額以下の金額と認定するとともに、検察官の主張立証よりも広範囲の同会名義の銀行口座への入金を差し引くなどしたためであった。ただし、第1審判決は、同口座に受領現金額を超える入金があった月における当該過剰額を横領金額から除くための計算処理の方法の相違等により、横領の成立時期を訴因に明示された時期よりも遅く認定した部分があったことに伴って、一部の月の横領金額については、訴因に明示された金額を上回る金額を認定したが、訴因変更手続を経ていなかった。
最高裁の判断
最高裁は、訴因変更は不要と判断しました。
上記罪となるべき事実は、相当長期間にわたるものではあるが、共通の犯意に基づき、同一の被害者に対し、同一の業務上の占有を利用して継続的に行われたものであって、その全体が包括一罪と解されるものであるから、一部の月の横領金額について訴因に明示された金額を上回る金額を認定したとしても、全体として訴因を超える認定をしない限り、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要であるとはいえない。また、この種事犯における月ごとの横領金額が、一般的には被告人の防御にとって重要な事項に当たるとしても、第1審判決が、一部の月の横領金額につき訴因に明示された金額を上回る金額を認定したのは、横領の成立時期を訴因に明示された時期よりも遅く認定した部分があることに伴うものにすぎないから、その認定が被告人に不意打ちを与えるものとはいえない。さらに、合計横領金額について訴因を下回る金額を認定した第1審判決が、訴因に比して被告人に不利益な認定をしたものでないことは明らかである。
以上によれば、全体が包括一罪を構成する長期間継続的に行われた業務上横領の事案について、月ごとの横領金額を明示した訴因に対し、第1審裁判所が、訴因を下回る合計横領金額を認定しつつ、横領の成立時期をより遅く認定した部分があることに伴い、一部の月の横領金額につき訴因に明示された金額を上回る金額を認定したという事情の下では、第1審裁判所が訴因変更手続を経なかったことが違法であるとはいえない。