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無期労働契約と有期労働契約と退職金の支給の有無に関する最高裁判決


正社員に支給される退職金が契約社員には支給されないことが、労働契約法旧20条の不合理な取扱いに当たるか?を判断した最高裁判決を紹介します。

メトロコマース事件(最高裁令和2年10月13日判決)

 地下鉄駅構内の売店の販売業務に従事していた有期労働契約の労働者が、売店の販売業務に従事する無期労働契約の労働者のみに退職金が支給されるのは、労働契約法旧20条違反だと主張した事案です。

争点

 労働契約法旧20条は、有期労働契約と無期労働契約との間で、労働条件に相違がある場合、その相違が不合理なものであってはならないと規定しています。法改正により、現在は、パート・有期法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)8条で、短時間・有期労働契約と正社員との間の不合理な待遇の相違を禁止しています。

 この判決は、いわゆる同一労働同一賃金に関する判決ということができます。同一労働同一賃金に関する事案は、①誰と誰を比較するのか?と②どんな待遇の差があるのか?が重要です。

①誰と誰を比較するのか?

 売店の販売業務に従事している正社員と契約社員

②どんな待遇の差があるのか?

 売店の販売業務に従事している正社員のみ退職金が支給される。

事案の概要

 第1審被告は、東京メトロの完全子会社であって、東京メトロの駅構内における新聞、飲食料品、雑貨類等の物品販売、入場券等の販売、鉄道運輸事業に係る業務の受託等の事業を行う株式会社である。なお、第1審被告は、平成12年10月、営団地下鉄グループの関連会社等の再編成に伴い、売店事業を行っていた財団法人地下鉄互助会から売店等の物販事業に関する営業を譲り受けるなどした。

 第1審原告らは、いずれも高等学校等を卒業した後、社会人生活を経て、それぞれ、契約社員Bとして第1審被告に採用され、契約期間を1年以内とする有期労働契約の更新を繰り返しながら、東京メトロの駅構内の売店における販売業務に従事していた。第1審原告らは、いずれも65歳に達したことにより上記契約が終了した。

 第1審被告においては、従業員は、正社員、契約社員A(平成28年4月に職種限定社員に変更)及び契約社員Bという名称の雇用形態の区分が設けられ、それぞれ適用される就業規則が異なっていた。

正社員の就業規則

 正社員は、無期労働契約を締結した労働者であり、定年は65歳であった。正社員は、本社の経営管理部、総務部、リテール事業本部及びステーション事業本部の各部署に配置されるほか、各事業本部が所管するメトロス事業所、保守管理事業所、ストア・ショップ事業所等に配置される場合や関連会社に出向する場合もあった。平成25年度から同28年度までにおける第1審被告の正社員(同年度については職種限定社員を含む。)は560~613名であり、うち売店業務に従事していた者は15~24名であった。なお、第1審被告は、東京メトロから57歳以上の社員を出向者として受け入れ、60歳を超えてから正社員に切り替える取扱いをしているが、上記出向者は売店業務に従事していない。

 正社員の労働時間は、本社では1日7時間40分(週38時間20分)、売店勤務では1日7時間50分(週39時間10分)であり、職務の限定はなかった。

 また、正社員は、業務の必要により配置転換、職種転換又は出向を命ぜられることがあり、正当な理由なく、これを拒むことはできなかった。

契約社員の就業規則

 契約社員Aは、主に契約期間を1年とする有期労働契約を締結した労働者である。同期間満了後は原則として契約が更新され、就業規則上、定年(更新の上限年齢をいう。)は65歳と定められていた。契約社員Aは、契約社員Bのキャリアアップの雇用形態として位置付けられ、本社の経営管理部施設課、メトロス事業所及びストア・ショップ事業所以外には配置されていなかった。なお、平成28年4月、契約社員Aの名称は職種限定社員に改められ、その契約は無期労働契約に変更された。

 契約社員Bは、契約期間を1年以内とする有期労働契約を締結した労働者であり、一時的、補完的な業務に従事する者をいうものとされていた。同期間満了後は原則として契約が更新され、就業規則上、定年は65歳と定められていた。なお、契約社員Bの新規採用者の平均年齢は約47歳であった。

 契約社員Bの労働時間は、大半の者が週40時間と定められていた。契約社員Bは、業務の場所の変更を命ぜられることはあったが、業務の内容に変更はなく、正社員と異なり、配置転換や出向を命ぜられることはなかった。

 第1審原告らの就業場所は、リテール事業本部メトロス事業所管轄METRO’S売店、従事する業務の種類は、売店における販売及びその付随業務であり、労働時間は、1日8時間以内(週40時間以内)であった。

正社員の給与等

 正社員の賃金は月給制であり,月例賃金は基準賃金と基準外賃金から成り,昇格及び昇職制度が設けられていた。基準賃金は,本給,資格手当又は成果手当,住宅手当及び家族手当により,基準外賃金は,年末年始勤務手当,深夜労働手当,早出残業手当,休日労働手当,通勤手当等により,それぞれ構成されていた。本給は年齢給及び職務給から成り,前者は,18歳の5万円から始まり,1歳ごとに1,000円増額され,40歳以降は一律7万2,000円であり,後者は,三つの職務グループ(スタッフ職,リーダー職,マネージャー職)ごとの資格及び号俸により定められ,その額は10万8,000円から33万7,000円までであった。正社員には,年2回の賞与及び退職金が支給されていた。賞与は,平成25年度から同29年度までの各回の平均支給実績として,本給の2か月分に17万6,000円を加算した額が支給された。正社員の退職金は,第1審被告の作成した退職金規程により,計算基礎額である本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するものと定められていた。

契約社員の給与等

 契約社員Aの賃金は月給制であり,月例賃金額は16万5,000円(本給)であった。これに加えて,深夜労働手当,早出残業手当,休日労働手当,早番手当,通勤手当その他の諸手当が支給され,本人の勤務成績等による昇給制度が設けられていた。契約社員Aには,年2回の賞与(年額59万4,000円)が支給されていたが,退職金は支給しないと定められていた。契約社員Aについては,平成28年4月に職種限定社員に名称が改められ,その契約が無期労働契約に変更された際に,退職金制度が設けられた。

 契約社員Bの賃金は時給制の本給及び諸手当から成っていた。本給は,時間給を原則とし,業務内容,技能,経験,業務遂行能力等を考慮して個別に定めるものとされており,第1審原告らが入社した当時は一律1,000円であったが,平成22年4月以降,毎年10円ずつ昇給するものとされた。諸手当は,年末年始出勤手当,深夜労働手当,早出残業手当,休日労働手当,通勤手当,早番手当,皆勤手当等であり,資格手当又は成果手当,住宅手当及び家族手当は支給されていなかった。
 契約社員Bには,年2回の賞与(各12万円)が支給されていたが,退職金は支給しないと定められていた。

褒章制度

 第1審被告においては,業務上特に顕著な功績があった従業員に対し,褒賞を行うものとされていたが,正社員には,勤続10年及び定年退職時に金品が支給されていたのに対し,契約社員A及び契約社員Bには,これらが支給されていなかった。

売店業務

 平成27年1月当時,売店業務に従事する従業員は合計110名であり,その内訳は,正社員が18名,契約社員Aが14名,契約社員Bが78名であった。このうち正社員は,互助会において売店業務に従事し,平成12年の関連会社等の再編成の後も引き続き第1審被告の正社員として売店業務に従事している者と,登用制度により契約社員Bから契約社員Aを経て正社員になった者とが,約半数ずつでほぼ全体を占めていた。なお,その後,上記の互助会の出身者が他の部署に異動したことがあったほか,平成28年3月には,売店業務に従事する従業員が合計56名に減少し,このうち正社員は4名となった。

 販売員が固定されている売店における業務の内容は,売店の管理,接客販売,商品の管理,準備及び陳列,伝票及び帳票類の取扱い,売上金等の金銭取扱い,その他付随する業務であり,これらは正社員,契約社員A及び契約社員Bで相違することはなかった。もっとも,正社員は,販売員が固定されている売店において休暇や欠勤で不在になった販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を行っていたほか,複数の売店を統括し,売上向上のための指導,改善業務や売店の事故対応等の売店業務のサポートやトラブル処理,商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあり,契約社員Aも,正社員と同様に代務業務を行っていた。これに対し,契約社員Bは,原則として代務業務を行わず,エリアマネージャー業務に従事することもなかった。

正社員への登用制度

 第1審被告においては,契約社員Bから契約社員A,契約社員Aから正社員への登用制度が設けられ,平成22年度から導入された登用試験では,原則として勤続1年以上の希望者全員に受験が認められていた。平成22年度から同26年度までの間においては,契約社員Aへの登用試験につき受験者合計134名のうち28名が,正社員への登用試験につき同105名のうち78名が,それぞれ合格した。

過去の団体交渉

 第1審被告は,第1審原告らが加入する労働組合との団体交渉を経て,契約社員Bの労働条件に関し,平成21年以降,年末年始出勤手当,早番手当及び皆勤手当の導入や,年1日のリフレッシュ休暇及び会社創立記念休暇(有給休暇)の付与などを行った。

原審の判断

 原審は,有期労働契約を締結した労働者に退職金をまったく支払わないのは,不合理であると判断しました。

 原則として契約が更新され,定年が65歳と定められており,実際に第1審原告らは定年により契約が終了するまで10年前後の長期間にわたって勤務したことや,契約社員Aは平成28年4月に職種限定社員として無期契約労働者となるとともに退職金制度が設けられたことを考慮すれば,少なくとも長年の勤務に対する功労報償の性格を有する部分に係る退職金,具体的には正社員と同一の基準に基づいて算定した額の4分の1に相当する額すら一切支給しないことは不合理である。

 したがって,売店業務に従事している正社員と契約社員Bとの間の退職金に関する労働条件の相違は,労使間の交渉や経営判断の尊重を考慮に入れても,第1審原告らのような長期間勤務を継続した契約社員Bに全く退職金の支給を認めない点において,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる。

最高裁の判断

 最高裁は,労働契約法旧20条が,退職金の支給についても適用があり得ることは認めました。しかしながら,本件で,有期労働契約を締結した労働者に退職金を支給しないのは,不合理ではないと判断しました。

 労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ,有期契約労働者の公正な処遇を図るため,その労働条件につき,期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止した。両者の間の労働条件の相違が退職金の支給に係るものであったとしても,それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。もっとも,その判断に当たっては,他の労働条件の相違と同様に,当該使用者における退職金の性質やこれを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより,当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。

 第1審被告における退職金の支給要件や支給内容等に照らせば,上記退職金は,上記の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり,第1審被告は,正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとしたものといえる。

 第1審原告らにより比較の対象とされた売店業務に従事する正社員と契約社員Bである第1審原告らの労働契約法20条所定の「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(職務の内容)をみると,両者の業務の内容はおおむね共通するものの,正社員は,販売員が固定されている売店において休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していたほか,複数の売店を統括し,売上向上のための指導,改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理,商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがあったのに対し,契約社員Bは,売店業務に専従していたものであり,両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。また,売店業務に従事する正社員については,業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり,正当な理由なく,これを拒否することはできなかったのに対し,契約社員Bは,業務の場所の変更を命ぜられることはあっても,業務の内容に変更はなく,配置転換等を命ぜられることはなかったものであり,両者の職務の内容及び配置の変更の範囲にも一定の相違があったことが否定できない。

 さらに,第1審被告においては,全ての正社員が同一の雇用管理の区分に属するものとして同じ就業規則等により同一の労働条件の適用を受けていたが,売店業務に従事する正社員と,第1審被告の本社の各部署や事業所等に配置され配置転換等を命ぜられることがあった他の多数の正社員とは,職務の内容及び変更の範囲につき相違があったものである。そして,平成27年1月当時に売店業務に従事する正社員は,同12年の関連会社等の再編成により第1審被告に雇用されることとなった互助会の出身者と契約社員Bから正社員に登用された者が約半数ずつほぼ全体を占め,売店業務に従事する従業員の2割に満たないものとなっていたものであり,再編成の経緯やその職務経験等に照らし,賃金水準を変更したり,他の部署に配置転換等をしたりすることが困難な事情があったことがうかがわれる。また,第1審被告は,契約社員A及び正社員へ段階的に職種を変更するための開かれた試験による登用制度を設け,相当数の契約社員Bや契約社員Aをそれぞれ契約社員Aや正社員に登用していたものである。これらの事情については,第1審原告らと売店業務に従事する正社員との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり,労働契約法20条所定の「その他の事情として考慮するのが相当である。

 第1審被告の正社員に対する退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的を踏まえて,売店業務に従事する正社員と契約社員Bの職務の内容等を考慮すれば,契約社員Bの有期労働契約が原則として更新するものとされ,定年が65歳と定められるなど,必ずしも短期雇用を前提としていたものとはいえず,第1審原告らがいずれも10年前後の勤続期間を有していることをしんしゃくしても,両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは,不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。

 なお,契約社員Aは平成28年4月に職種限定社員に改められ,その契約が無期労働契約に変更されて退職金制度が設けられたものの,このことがその前に退職した契約社員Bである第1審原告らと正社員との間の退職金に関する労働条件の相違が不合理であるとの評価を基礎付けるものとはいい難い。また,契約社員Bと職種限定社員との間には職務の内容及び変更の範囲に一定の相違があることや,契約社員Bから契約社員Aに職種を変更することができる前記の登用制度が存在したこと等からすれば,無期契約労働者である職種限定社員に退職金制度が設けられたからといって,上記の判断を左右するものでもない。


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