地方公務員の懲戒処分に関する最高裁判決を紹介します。
最高裁令和4年6月14日判決
地方公務員が、停職処分の懲戒処分を受けました。その停職中に受けた停職処分の適法性が、問題になった事案です。
事案の概要
地方公務員法29条1項は、職員が同法等に違反した場合(1号)、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行のあった場合(3号)等においては、懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる旨規定し、氷見市職員の懲戒の手続及び効果に関する条例(昭和36年氷見市条例第16号)4条1項は、停職期間は1日以上6月以下とする旨規定する。
被上告人は、平成2年4月に消防職員として上告人に採用され、第2処分を受けた後である同29年10月31日付けで依願退職した。
被上告人は、平成23年7月22日、関係者の会合において、消防長であるAに対し、「お前みたいなやつ、早く消防長辞めてしまえ。」と怒鳴った。
被上告人は、平成25年5月又は6月頃の勤務終了時、消防署庁舎内において、上司であるBに対し、「お前、上の者のところへ行って俺の悪口を言っとるやろう。」などと大声で一方的に怒鳴り、胸倉をつかんで移動させ、壁に押し付けた。
被上告人は、平成25年6月10日頃の救助訓練の準備行為中、部下であるCを注意し、これに対してふてくされた態度をとった同人を蹴ろうとした。そして、これを避けようとした同人の左手に被上告人の足が当たり、Cの左手小指が腫れた。
被上告人は、平成26年1月、消防署庁舎内において、部下であるDに対し、「何や、お前その手は、反抗的やの。」などと威圧的に述べ、平手で頬を殴打した。同人は、同年頃から被上告人に連日怒鳴られていたところ、被上告人による暴行及び暴言が一因となり、心的外傷後ストレス障害(PTSD)にり患した。
被上告人は、平成26年6月頃、消防署庁舎内において、上司であるEに対し、胸倉をつかみ、「殴ってやろうか。」などと大声で怒鳴った。
被上告人は、平成28年3月末頃、消防長であるFに対し、「お前みたいなやつ、早く辞めてしまえ。」と怒鳴った。
被上告人は、平成28年10月頃、消防署庁舎内において、上司であるGに対し、大声で一方的に怒鳴りつけて詰め寄った。Eが、被上告人とGを連れて別室に移動したが、被上告人は、その後もE及びGに対し、約10分間にわたって一方的に「バカ」、「アホ」などと怒鳴り続けた。
被上告人は、平成29年2月27日付けで、消防長から、上記の行為等に関し、地方公務員法29条1項1号に基づき停職2月の懲戒処分を受け(第1処分)、同年5月10日、氷見市公平委員会に対して審査請求をした。
被上告人は、平成29年3月6日、Eに対する暴行及び暴言についての事情を知っていた同僚であるHに対し、電話で、同人が訓練において不適切に電動式心肺人工蘇生器を作動させた事案につき、被上告人においてHに対する処分を軽くするための行動をとることを提案した上で、同人が第1処分に係る調査で事実関係を話したのかについて問い詰め、同人が裏切るような行為をしたために第1処分がされたのであれば許さないなどと述べた。
被上告人は、平成29年3月3日から同月23日までの間、Cに対し、数次にわたる電話で、当時消防職員の給与計算を担当していた同人による時間外勤務手当の処理に問題があることに言及した上で、第1処分に対する審査請求手続において同人への暴行が争点となること等についての話をし、処分をより軽くする目的で、同人と面会する約束をした。その後、被上告人は、Cとの間でメールのやり取りをしたところ、被上告人が送信したメールには、被上告人の運転する自動車にCが同乗して氷見市外の面会場所に行くことを提案する旨の記載や、「この不服に邪魔が入りもしうまくいかなかったら辞表出して(中略)消防長とDを刑事告訴する それに加担したものも含むつもり リークしたものも同罪やろ」との記載があった。
Cは、被上告人と面会したくないと考えたため、消防長であるFに相談したところ、被上告人と面会することを禁止されるなどしたことから、同月29日朝、被上告人に対し、面会を取りやめる旨のメールを送信した。これに対し、被上告人は、間もなく、Cに対し、連続して3回にわたりメールを送信した。そのメールには、「Dと一緒にならないように」、「お前も加担してるとは思わなかったわ」との記載があった。
被上告人は、平成29年4月27日付けで、消防長から、前記の行為が、正当な理由なく暴行の被害者に対して面会を求めるなど、いずれも反社会的な違法行為であって、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行に当たるなどとして、地方公務員法29条1項3号に基づき停職6月の懲戒処分を受けた(第2処分)。
原審の判断
原審は、第1処分は適法、第2処分は違法と判断しました。
第2処分の対象となる非違行為はそれなりに悪質なものであり、被上告人は第1処分を受けても反省していないとみられるが、上記非違行為は、反社会的な違法行為とまで評価することが困難なものである上、第1処分に対する審査請求手続のためのものであって第1処分の対象となる非違行為である暴行等とは異なる面があり、同種の行為が反復される危険性等を過度に重視することは相当ではない。そうすると、第1処分の停職期間を大きく上回り、かつ、最長の期間である6月の停職とした第2処分は、重きに失するものであって社会通念上著しく妥当を欠いており、消防長に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法なものである。
最高裁の判断
最高裁は、以下のとおり、第2処分について、裁量権の逸脱・濫用をしたとはいえないと判断しました。
公務員に対する懲戒処分について、懲戒権者は、諸般の事情を考慮して、懲戒処分をするか否か、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択するかを決定する裁量権を有しており、その判断は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に、違法となるものと解される。
被上告人によるHへの働き掛けは、被上告人がそれまで上司及び部下に対する暴行及び暴言を繰り返していたことを背景として、同僚であるHの弱みを指摘した上で、第1処分に係る調査に当たって同人が被上告人に不利益となる行動をとっていたならば何らかの報復があることを示唆することにより、Hを不安に陥れ、又は困惑させるものと評価することができる。また、被上告人によるCへの働き掛けは、同人が部下であり暴行の被害者の立場にあったこと等を背景として、同人の弱みを指摘するなどした上で、第1処分に対する審査請求手続を被上告人にとって有利に進めることを目的として面会を求め、これを断ったCに対し、告訴をするなどの報復があることを示唆することにより、同人を威迫するとともに、同人を不安に陥れ、又は困惑させるものと評価することができる。
上記各働き掛けは、いずれも、懲戒の制度の適正な運用を妨げ、審査請求手続の公正を害する行為というほかなく、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行に明らかに該当することはもとより、その非難の程度が相当に高いと評価することが不合理であるとはいえない。また、上記各働き掛けは、上司及び部下に対する暴行等を背景としたものとして、第1処分の対象となった非違行為と同質性があるということができる。加えて、上記各働き掛けが第1処分の停職期間中にされたものであり、被上告人が上記非違行為について何ら反省していないことがうかがわれることにも照らせば、被上告人が業務に復帰した後に、上記非違行為と同種の行為が反復される危険性があると評価することも不合理であるとはいえない。
以上の事情を総合考慮すると、停職6月という第2処分の量定をした消防長の判断は、懲戒の種類についてはもとより、停職期間の長さについても社会観念上著しく妥当を欠くものであるとはいえず、懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない。