闇バイトでATMから金銭を引き出した者に、特殊詐欺の共謀を認めた最高裁判決を紹介します。
最高裁令和7年7月11日判決
闇バイトで他人のキャッシュカードを使いATMから金銭を引き出した被告人に、特殊詐欺の共謀を認めた最高裁判決です。
事案の概要
被告人は、氏名不詳者らと共謀の上、令和3年10月25日から同年12月1日までの間、9回にわたり、保険料の還付金等を受け取ることができる旨誤信させられていたAほか7名に対し、金融機関の従業員になりすました氏名不詳者が電話で指示して、振込送金の操作であると気付かせないまま、現金自動預払機で被告人らの管理する預貯金口座に振込送金する操作を行わせ、同機を管理する金融機関の事務処理に使用する電子計算機に対し、Aら名義の預貯金口座から被告人らが管理する預貯金口座に合計773万1,734円を振込送金したとする虚偽の情報を与え、被告人らが管理する口座の残高を合計773万1,734円増加させて財産権の得喪、変更に係る不実の電磁的記録を作り、よって、同額相当の財産上不法の利益を得た(本件各電子計算機使用詐欺)。
被告人は、氏名不詳者らと共謀の上、正当な払戻権限がない他人名義のキャッシュカードを使用して現金を窃取しようと考え、令和3年10月25日から同年12月1日までの間、26回にわたり、被告人が、被告人らの管理する前記口座のキャッシュカードを使用して、現金自動預払機から現金合計722万9,000円を引き出してこれを窃取した(本件各窃盗)。
本件各窃盗は、本件各電子計算機使用詐欺の直後に行われており、被告人が本件各窃盗で引き出した現金の額は、本件各電子計算機使用詐欺により増加した残高に対応するものであった。
1審の判断
1審判決は、被告人に本件各電子計算機使用詐欺の共謀を認めました。
原審の判断
原審は、本件各電子計算機使用詐欺について無罪を言い渡しました。
第1審判決は、本件各電子計算機使用詐欺の共謀を認めるに当たり、被告人と氏名不詳者らとの間に本件各電子計算機使用詐欺についての意思連絡があったといえるかを十分に検討しておらず、また、被告人が本件各電子計算機使用詐欺の実行行為を何ら分担せず、その内容について全く知らなかったという事案の特質を十分に踏まえておらず、このような判断方法自体不合理である。
証拠関係を踏まえて検討しても、被告人が本件各電子計算機使用詐欺の行為態様等の本質的な部分を含め、その内容を全く把握しておらず、氏名不詳者らにおいても本件各電子計算機使用詐欺に関する被告人の認識の有無について関心を有していなかったことなどからすれば、被告人と氏名不詳者らとの間に本件各電子計算機使用詐欺についての意思連絡があったとは認められない。さらに、被告人が本件各電子計算機使用詐欺の実行行為を何ら分担していないこと、被告人以外にも振込先口座から現金を引き出す役割を果たす者がいた可能性があり、被告人の存在が必要不可欠であるとはいえないこと、被告人が本件各窃盗の報酬と認識して報酬を受け取っていたことなども踏まえれば、本件各電子計算機使用詐欺の共謀を認めることはできず、第1審判決の結論は是認できない。
最高裁の判断
最高裁は、被告人に電子計算機使用詐欺の共謀を認めました。
被告人は、令和3年10月初旬頃、インターネット上の掲示板で知り合った氏名不詳者らから、現金自動預払機から現金を引き出す「仕事」の依頼を受け、暗証番号が記載された他人名義のキャッシュカード複数枚の交付を受けた。被告人は、氏名不詳者らから、平日午前9時頃から前記キャッシュカードを所持して現金自動預払機付近で待機し、電話の指示で直ちに現金を引き出すこと、報酬は引き出した現金50万円につき1万円であることなどを伝えられた。被告人は、この「仕事」が特殊詐欺等の犯罪行為によって得られた現金を引き出すものである可能性を認識した上で、これを引き受けた。
被告人は、前記依頼の翌日以降、平日午前9時頃から午後5時頃までの間、現金自動預払機の設置場所付近で待機し、氏名不詳者らから電話で指示があれば直ちに、前記キャッシュカードのうち指示されたものを用いて現金自動預払機から現金を引き出し、氏名不詳者らの指示に従って、引き出した現金から報酬を差し引き、残りを指定されたコインロッカーに入れるなどして回収役の者に交付した。被告人は、暗証番号が記載された他人名義のキャッシュカードを更に受け取るなどしながら、これと同様の流れで、本件各窃盗に及んだ。
以上の事実関係は、被告人の引き出す現金が詐欺等の犯罪に基づいて被告人の所持するキャッシュカードに係る預貯金口座に振込送金されたものであることを十分に想起させ、本件のような態様の電子計算機使用詐欺も、被告人が想定し得る詐欺等の犯罪の範囲に含まれていたといえるから、被告人は、そのような電子計算機使用詐欺に関与するものである可能性を認識していたと推認できる。被告人は、この認識の下、本件各電子計算機使用詐欺の当日午前9時頃から現金自動預払機の設置場所付近で待機し、氏名不詳者らにおいても、被告人が待機し現金の引き出しを行うことを前提として、本件各電子計算機使用詐欺に及んだといえるから、本件各電子計算機使用詐欺の初回の犯行までには、氏名不詳者らが行い、被告人が現金の引き出しを担う電子計算機使用詐欺について、暗黙のうちに意思を通じ合ったと評価することができる。そして、被告人は、氏名不詳者らから指示を受けて、Aらが振込送金する操作をしてから短時間のうちに現金を引き出しているところ、被告人が果たした役割は、本件各電子計算機使用詐欺による財産上不法の利益を直ちに現金として引き出して確保するという本件各電子計算機使用詐欺の犯行の目的を達成する上で極めて重要なものということができる。したがって、本件の事実関係の下においては、被告人と氏名不詳者らとの間で、本件各電子計算機使用詐欺の共謀が認められる。
原判決は、被告人が本件各電子計算機使用詐欺の行為態様等を全く把握しておらず、氏名不詳者らにおいても被告人の認識の有無について関心を有していなかったことを重視するが、そのような事情は意思連絡を認める妨げとはならない上、被告人の認識内容を具体的に検討することなく、本件各電子計算機使用詐欺についての意思連絡を否定しており、不合理といわざるを得ない。また、原判決は、被告人が本件各電子計算機使用詐欺の実行行為を何ら分担していないこと、被告人以外にも振込先口座から現金を引き出す役割を果たす者がいた可能性があり、被告人の存在が必要不可欠であるとはいえないこと、被告人が本件各窃盗の報酬と認識して報酬を受け取っていたことなどを指摘して、共謀が認められないともいう。しかし、それらの事情は、被告人が氏名不詳者らと意思を通じ合って本件各電子計算機使用詐欺による財産上不法の利益を確保するという極めて重要な役割を担ったことに鑑みれば、共謀を否定する事情となり得ない。