宗教法人をめぐる献金勧誘の違法性と不起訴合意の有効性を判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁令和6年7月11日判決
某宗教法人に関する訴訟です。①宗教法人と献金を行った元信者との間の不起訴合意の有効性と②宗教法人の信者が行った献金の勧誘の違法性が問題になりました。
不起訴合意
ある問題について訴え(民事訴訟)を提起しないという合意を不起訴合意といいます。
たとえば、金銭消費貸借契約に基づく貸金返還請求権などの権利は放棄することが可能です。したがって、不起訴合意も適法で有効とされています。
不起訴合意があるにもかかわらず、当事者の一方が訴訟提起した場合、訴えの利益がないということで、訴えは却下となります。
もっとも、不起訴合意は、被告が主張した場合に限り、裁判所が不起訴合意の有無について審理を開始する抗弁事項とされています。
事案の概要
亡Aは、昭和4年生まれの女性であり、昭和28年に亡Bと婚姻し、その後3女をもうけた。亡Aには、昭和22年に妹が11歳で早世する、昭和34年に亡Bの母が自殺する、平成10年に二女が離婚する、亡Bが重病にかかり、平成17年8月以降、入退院を繰り返すなどの不幸な出来事があった。
亡Aは、Yの信者であった三女の紹介により、平成16年以降、Yの松本教会に通う信者らによって構成される組織の松本信徒会が運営する施設に通い始め、遅くとも平成17年以降、松本教会等において、Yの教理を学ぶようになった。その教理の中には、病気、事故、離婚等の様々な問題の多くは怨恨を持つ霊によって引き起こされており、そのような霊の影響から脱して幸せに暮らすためには献金をして地獄にいる先祖を解怨することなどが必要であるというものがあった。
亡Aは、平成16年、Yの信者の勧めにより妹の供養祭を行い、平成21年から平成27年までの間、少なくとも13回にわたり、韓国で行われたYの修練会において、先祖を解怨する儀式等に参加した。
亡Aは、Yに対し、平成17年から平成21年までの間、十数回にわたり合計1億0,058万円を献金した。これに加えて、亡Aは、平成20年から平成22年までの間、自己の所有する土地を3回にわたり合計約7,268万円で売却し、その売得金のうち合計480万円をYに献金した。上記の各献金は、Yの信者らによる献金の勧誘を受けて行われたものであった。
そして、その余の売得金は松本信徒会に預託され、平成27年までの間に、その中から、合計約2,066万円が同信徒会を通じてYに献金され、合計約3,046万円が亡Aに生活費等として交付された。
亡Aは、平成21年に亡Bが死亡した後、単身で生活していたところ、平成27年8月、長女のXに対し、Yに献金をしていた事実を話した。その後、亡Aは、Yの信者に対し、Xに上記事実を話した旨を伝えた。
Yの信者であったCは、平成27年11月頃、それまでにCがYにした献金につき、将来、Cの娘婿がYに返金を求めることを懸念し、松本信徒会の婦人部の部長であったZに相談したところ、公証人役場において上記返金の請求を阻止するための書類を作成する方法があることを伝えられた。亡Aは、Cから上記書類を作成する話を聞き、自身も同様の書類を作成することとした。
亡Aは、平成27年11月、Cと共に、Yの信者の運転する自動車で公証人役場へ行き、公証人の面前において、Yの信者がその文案を作成した「念書」と題する書面に署名押印し、本件念書に公証人の認証を受けた。本件念書には、亡Aがそれまでにした献金につき、Yに対し、欺罔、強迫又は公序良俗違反を理由とする不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求等を、裁判上及び裁判外において、一切行わないことを約束する旨の記載があった。
その後、亡Aは、松本教会に行き、Yに対して本件念書を提出し、これにより、亡AとYとの間に本件念書による本件不起訴合意が成立した。その際、Yの信者により、亡AがZからの質問に答えて上記献金につき返金手続をする意思はないことを肯定する様子がビデオ撮影された。
亡Aは、平成28年5月、アルツハイマー型認知症により成年後見相当と診断された。亡Aは、平成29年3月、本件訴えを提起し、令和3年7月、死亡した。
原審の判断
原審は、以下のように、①本件不起訴合意が有効であり、②献金の勧誘行為に違法性はないと判断しました。
本件念書の内容や作成経緯等を検討しても、本件不起訴合意が公序良俗に反し無効であるとはいえない。よって、本件不起訴合意に反して提起されたYに対する上記訴えは、権利保護の利益を欠き、不適法である。
Yの信者らが、亡Aに対し、本件勧誘行為において献金をしないことによる具体的な害悪を告知したとは認められず、仮に本件勧誘行為の一部において害悪を告知したことがあったとしても、亡Aが自由な意思決定を阻害されたとまでは認められない。また、本件献金が多額かつ頻回であることのみから、直ちに亡Aがその資産や生活の状況に照らして過大な献金を行ったとも認められない。したがって、本件勧誘行為が社会通念上相当な範囲を逸脱するものとして違法であるとはいえない。
最高裁の判断
最高裁は、①本件不起訴合意は公序良俗に反し無効であると判断しました。そして、②献金の勧誘の違法性の判断枠組みを示し、原審に差戻しました。
①本件不起訴合意の有効性について
特定の権利又は法律関係について裁判所に訴えを提起しないことを約する私人間の不起訴合意は、その効力を一律に否定すべきものではないが、裁判を受ける権利(憲法32条)を制約するものであることからすると、その有効性については慎重に判断すべきである。そして、不起訴合意は、それが公序良俗に反する場合には無効となるところ、この場合に当たるかどうかは、当事者の属性及び相互の関係、不起訴合意の経緯、趣旨及び目的、不起訴合意の対象となる権利又は法律関係の性質、当事者が被る不利益の程度その他諸般の事情を総合考慮して決すべきである。
亡Aは、本件不起訴合意を締結した当時、86歳という高齢の単身者であり、その約半年後にはアルツハイマー型認知症により成年後見相当と診断されたものである。そして、亡Aは、Yの教理を学び始めてから上記の締結までの約10年間、その教理に従い、1億円を超える多額の献金を行い、多数回にわたり渡韓して先祖を解怨する儀式等に参加するなど、Yの心理的な影響の下にあった。そうすると、亡Aは、Yからの提案の利害得失を踏まえてその当否を冷静に判断することが困難な状態にあったというべきである。また、Yの信者らは、亡AがXに献金の事実を明かしたことを知った後に、本件念書の文案を作成し、公証人役場におけるその認証の手続にも同行し、その後、亡Aの意思を確認する様子をビデオ撮影するなどしており、本件不起訴合意は、終始、Yの信者らの主導の下に締結されたものである。さらに、本件不起訴合意の内容は、亡Aがした1億円を超える多額の献金について、何らの見返りもなく無条件に不法行為に基づく損害賠償請求等に係る訴えを一切提起しないというものであり、本件勧誘行為による損害の回復の手段を封ずる結果を招くものであって、上記献金の額に照らせば、亡Aが被る不利益の程度は大きい。
以上によれば、本件不起訴合意は、亡Aがこれを締結するかどうかを合理的に判断することが困難な状態にあることを利用して、亡Aに対して一方的に大きな不利益を与えるものであったと認められる。したがって、本件不起訴合意は、公序良俗に反し、無効である。
②本件勧誘行為の違法性について
宗教団体又はその信者が当該宗教団体に献金をするように他者を勧誘することは、宗教活動の一環として許容されており、直ちに違法と評価されるものではない。もっとも、献金は、献金をする寄附者による無償の財産移転行為であり、寄附者の出捐の下に宗教団体が一方的に利益を得るという性質のものであることや、寄附者が当該宗教団体から受けている心理的な影響の内容や程度は様々であることからすると、その勧誘の態様や献金の額等の事情によっては、寄附者の自由な意思決定が阻害された状態でされる可能性があるとともに、寄附者に不当な不利益を与える結果になる可能性があることも否定することができない。そうすると、宗教団体等は、献金の勧誘に当たり、献金をしないことによる害悪を告知して寄附者の不安をあおるような行為をしてはならないことはもちろんであるが、それに限らず、寄附者の自由な意思を抑圧し、寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることが困難な状態に陥ることがないようにすることや、献金により寄附者又はその配偶者その他の親族の生活の維持を困難にすることがないようにすることについても、十分に配慮することが求められるというべきである(法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律3条1号、2号参照)。
以上を踏まえると、献金勧誘行為については、これにより寄附者が献金をするか否かについて適切な判断をすることに支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、献金により寄附者又はその配偶者等の生活の維持に支障が生ずるなどした事情の有無やその程度、その他献金の勧誘に関連する諸事情を総合的に考慮した結果、勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱すると認められる場合には、不法行為法上違法と評価されると解するのが相当である。そして、上記の判断に当たっては、勧誘に用いられた言辞や勧誘の態様のみならず、寄附者の属性、家庭環境、入信の経緯及びその後の宗教団体との関わり方、献金の経緯、目的、額及び原資、寄附者又はその配偶者等の資産や生活の状況等について、多角的な観点から検討することが求められるというべきである。
亡Aは、本件献金当時、80歳前後という高齢であり、種々の身内の不幸を抱えていたことからすると、加齢による判断能力の低下が生じていたり、心情的に不安定になりやすかったりした可能性があることを否定できない。また、亡Aは、平成17年以降、1億円を超える多額の本件献金を行い、平成20年以降は、自己の所有する土地を売却してまで献金を行っており、残りの売得金を松本信徒会に預け、同信徒会を通じてさらに献金を行うとともに、同信徒会から生活費の交付を受けていたのであるが、このような献金の態様は異例のものと評し得るだけでなく、その献金の額は一般的にいえば亡Aの将来にわたる生活の維持に無視し難い影響を及ぼす程度のものであった。そして、亡Aの本件献金その他の献金をめぐる一連の行為やこれに関わる本件不起訴合意は、いずれもYの信者らによる勧誘や関与を受けて行われたものであった。
これらを考慮すると、本件勧誘行為については、勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱するかどうかにつき、上記のような多角的な観点から慎重な判断を要するだけの事情があるというべきである。しかるに、原審は、Yの信者らが本件勧誘行為において具体的な害悪を告知したとは認められず、その一部において害悪の告知があったとしても亡Aの自由な意思決定が阻害されたとは認められない、亡Aがその資産や生活の状況に照らして過大な献金を行ったとは認められないとして、考慮すべき事情の一部を個別に取り上げて検討することのみをもって本件勧誘行為が不法行為法上違法であるとはいえないと判断しており、上記に挙げた各事情の有無やその程度を踏まえつつ、これらを総合的に考慮した上で本件勧誘行為が勧誘の在り方として社会通念上相当な範囲を逸脱するといえるかについて検討するという判断枠組みを採っていない。そうすると、原審の判断には、献金勧誘行為の違法性に関する法令の解釈適用を誤った結果、上記の判断枠組みに基づく審理を尽くさなかった違法があるというべきである。