賃貸借契約が終了すると、賃借人は賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があります。賃借人の原状回復義務を取上げます。
明渡後、原状回復の費用を請求された…

先月、借りてたマンションを退去したんです。
今月になって、急に、原状回復の費用を請求されました。払わないとダメなんですか?

賃貸借契約が終了すると、賃借人は賃借物件を原状に回復、つまり、元の状態に戻して、賃貸人に返還する義務を負っています。

じゃあ、払わないとダメなんですか?

ただし、賃借物件を通常の状態で使用した場合の物件の損耗や経年劣化は、原状回復の対象外なんです。
①原状回復のルール
賃貸借契約が終了すると、賃借人は、賃借物件を原状に回復して、賃貸人に返還する義務、原状回復義務を負います(民法621条本文)。
もっとも、賃貸借契約開始時の状態に戻す必要はありません。賃借物件を通常の状態で使用した場合の物件の損耗や経年劣化は、原則、原状回復義務の範囲外です(民法621条本文括弧書)。
また、賃借物件の損傷が賃借人の故意又は過失によるものではない場合も原状回復義務を負いません(民法621条但書)。
したがって、賃借人が原状回復義務を負うのは、以下の2つの場合です。
①は用法遵守義務に違反して、壁にペンキを塗ったような場合です。②を通常損耗と対比して、特別損耗といいます。
通常損耗を賃借人負担とする特約は?

通常損耗だと、払う必要はないんですね。

そういうことです。

でも、契約書に書いてあるからって言われたんです…

確かに、契約書を見ると特約がありますね。
通常損耗も賃借人の負担とするという特約は、有効なんです。

やっぱり、払わないと…

ただ、特約が有効と認められるには、単に、「通常損耗」を含むみたいに抽象的に契約書に書いてあるだけじゃダメなんです。通常損耗の範囲が具体的に明記されてることが必要です。
②通常損耗を賃借人の負担とする特約は有効
通常損耗は、賃借人の原状回復義務の範囲外です。しかし、通常損耗も賃借人の負担とする特約自体は有効です(最高裁平成17年12月16日判決)。
特約が有効と認められるには、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が、賃貸借契約書の条項自体に、具体的に明記されていることが必要です。「通常損耗を含む」と抽象的に記載しているだけでは、有効と認められません。
なお、賃貸借契約書で明らかでない場合でも、賃貸人が口頭で説明して、賃借人がその内容を明確に認識して、合意の内容とした場合は、通常損耗を賃借人の負担とする特約は有効です。
以上は、最高裁平成17年12月16日判決の帰結です。同判決の射程は、賃貸住宅だけではなく、事業用物件にも適用されると考えられています。
通常損耗?特別損耗?

ここまでは、理解できました。
通常損耗は特約がなければ、原状回復義務の範囲外。だけど、特約が有効となるには、ちゃんと規定されてないとダメなんですね。

はい、その理解であってます。

通常損耗と特別損耗って、どう違うんですか?

通常損耗は、建物の経年劣化や通常、生活する上で避けて通れない損耗です。
一方、特別損耗は、賃借人の故意・過失、通常の使用では発生しない損傷や損耗です。

要するに、普通に生活してれば、生じる損傷・損耗は通常損耗です。

普通に生活って、どこまでが普通なんですか?
ちょと、家具で壁に傷つけたりしたかもしれないです。

国交省が出しているガイドラインが参考になります。
③ガイドラインを参考に
賃借人の原状回復義務の範囲を考えるに当たり、通常損耗と特別損耗のどちらに当たるのか?が重要です。国土交通省が、「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」を策定しています。法令ではないので、法的拘束力はありません。しかし、通常損耗と特別損耗を区別する上で、参考になります。
通常損耗に当たる例
通常損耗、つまり、賃借人が原状回復義務を負わない例として、以下のようなものが挙げられています。
①床
家具の設置による床やカーペットのへこみ、設置跡。日照や建物構造欠陥による雨漏りなどで発生した畳の変色、フローリングの色落ち。畳の裏返しや表替え(特に破損はないが次の入居者確保のために行うもの)。フローリングのワックスがけ。
②壁、天井(クロスなど)
テレビ、冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ(いわゆる電気ヤケ)。壁に貼ったポスターや絵画の跡。壁等の画鋲、ピン等の穴(下地ボードの張替えが不要な程度のもの)。エアコン(賃借人所有)設置による壁のビス穴、跡。日照などの自然現象によるクロスの変色。
③建具等、襖、柱等
網戸の張替え(破損はないが次の入居者確保のために行うもの)。地震で破損したガラス。構造により自然に発生した網入りガラスの亀裂。
④設備、その他
専門業者による全体のハウスクリーニング(賃借人が通常の清掃を実施している場合)。エアコンの内部洗浄(喫煙等の臭いなどが付着していない場合)。消毒(台所・トイレ)。浴槽、風呂釜等の取替え(破損等はしていないが次の入居者確保のために行うもの)。鍵の取替え(破損、鍵紛失のない場合)。設備機器の故障、使用不能(機器の寿命によるもの)。
特別損耗に当たる例
特別損耗、つまり、賃借人が原状回復義務を負う例として、以下のようなものが挙げられています。
特別損耗の例
日常の清掃を怠ったための台所の油汚れ、風呂・トイレ・洗面台の水垢、カビ等
結露を放置したことで拡大したカビ、シミ(賃貸人に通知せず、手入れを怠り、壁等を腐食させた場合)
タバコ等のヤニ・臭い(喫煙等によりクロス等が変色したり、臭いが付着している場合)
引越作業等で生じた引っかきキズ
飲み物等をこぼしたことによるシミ、カビ(こぼした後の手入れ不足等の場合)
冷蔵庫下のサビ跡(サビを放置し、床に損害を与えた場合)
不注意で雨が吹き込んだことなどによるフローリングの色落ち
壁等のくぎ穴、ネジ穴(重量物をかけるためにあけたもので、下地ボードの張替えが必要な程度のもの)
賃借人が天井に直接つけた照明器具の跡
落書き等の故意による毀損
飼育ペットによる柱等のキズ・臭い
鍵の紛失又は破損による取替え
日常の不適切な手入れもしくは用法違反による設備の毀損
戸建賃貸住宅の庭に生い茂った雑草(手入れを怠った結果)
賃借人が原状回復義務を負う場合の負担は?

あ~だったら、特別損耗に当たりそうです。結局、払わないとダメなんですね…
でも、この見積書の金額、全額を払わないとダメなんですか?

例えば、クロスなど経年劣化が早いものは、特別損耗のための修復を行うと、必然的に通常損耗も修復してしまいます。このような場合は、賃借人の負担は特別損耗分のみとされることが多いです。

全額払わなくていいんですね?少し安心しました。
④賃借人の負担は特別損耗分のみ
賃借物件の室内のクロスに、賃借人が不注意でタバコの焦げ跡をつけた場合、賃借人は原状回復義務を負います。ただ、クロスの焦げ跡のみを修復することはなく、クロス全体を張り替えることが通常です。
賃借人に原状回復義務があるとはいえ、張り替えたクロスの修繕費用の全てが賃借人の負担になるのは、過大な負担です。というのも、通常損耗分が含まれているからです。
裁判例では、経年劣化を控除した残りを賃借人の負担としています。事案によりますが、賃借人の負担は10%~30%程度とされています。