検察官による取調べの録画映像が文書提出命令の対象になるか?を判断した最高裁決定を紹介します。
最高裁令和6年10月16日決定
検察官による取調べを録画した記録媒体が、民事訴訟の文書提出命令の対象になるか?が問題となった事案です。
文書提出命令
訴訟当事者が提出する証拠は、当事者が自ら収集する必要があります。しかし、すべての証拠が当事者の手元にあるわけではありません。
証拠として提出したい文書を自ら所持していない場合に、取り得る手段が、文書提出命令の申立てです。
文書提出命令の申立てに際し、以下の5つを明らかにする必要があります(民訴法221条1項)。
文書提出命令申立時に明らかにすべき事項
①文書の表示
②文書の趣旨
③文書の所持者
④証明すべき事実
⑤文書の提出義務原因
法律関係文書
文書提出命令の対象となる文書は、民訴法220条に文書提出義務として規定されています。
(文書提出義務)
第二百二十条次に掲げる場合には、文書の所持者は、その提出を拒むことができない。
一 当事者が訴訟において引用した文書を自ら所持するとき。
二 挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。
三 文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係 について作成されたとき。
四 前三号に掲げる場合のほか、文書が次に掲げるもののいずれにも該当しないとき。
イ 文書の所持者又は文書の所持者と第百九十六条各号に掲げる関係を有する者についての同条に規定する事項が記載されている文書
ロ 公務員の職務上の秘密に関する文書でその提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの
ハ 第百九十七条第一項第二号に規定する事実又は同項第三号に規定する事項で、黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書
ニ 専ら文書の所持者の利用に供するための文書(国又は地方公共団体が所持する文書にあっては、公務員が組織的に用いるものを除く。)
ホ 刑事事件に係る訴訟に関する書類若しくは少年の保護事件の記録又はこれらの事件において押収されている文書
民訴法220条3号は、「文書が挙証者の利益のために作成され、又は挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された」文書について規定しています。
挙証者の利益のために作成された文書を利益文書といいます。挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成された文書を法律関係文書といいます。
法律関係文書の典型は、契約書です。刑事事件の関係書類は、民訴法220条4号ホに規定があります。しかし、規定が硬直的なので、法律関係文書として文書提出命令の申立てがなされることが多いです。
刑訴法47条は、「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。但し、公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない」と規定しています。
刑訴法47条との関係で、どのような場合に、文書提出命令の申立てが認められるか?という問題があります(最高裁平成16年5月25日決定)。
事案の概要
Xは、複数の者が共同して実行したとされる学校法人甲を被害者とする大阪地方検察庁の捜査に係る業務上横領事件(刑訴法301条の2第1項3号に掲げる事件。)の被疑者の1人として逮捕、勾留され、本件横領事件について起訴されたが、無罪判決を受け、これが確定した者である。
本件の本案訴訟は、Xが、上記の逮捕、勾留及び起訴が違法であるなどと主張して、Yに対し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償を求めるものである。
本件は、Xが、検察官がAを本件横領事件の被疑者の1人として取り調べる際にAの供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録した記録媒体等について、民訴法220条3号所定の「挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき」に該当するなどと主張して、文書提出命令の申立てをした事案である。本件では、本件記録媒体であってYが所持するもののうち、Xに係る本件横領事件の公判において取り調べられなかった部分について、Yが同号に基づく提出義務を負うか否かなどが争われている。
事案の詳細
本件横領事件は、甲の理事長であったB、不動産の売買等を事業内容とする会社の代表取締役を務めていたX及びAほか数名が、共謀の上、甲を売主とする土地の売買契約の手付金として支払われた21億円をBが甲のために業務上預かり保管中、これを同人らの用途に充てる目的で横領したというものであった。
Bは、Xから第三者を通じて貸金18億円を受領し、これによって甲の経営権を取得した後、上記手付金をもって上記貸金を返済したとされており、本件横領事件では、XとB及びAらとの共謀の有無に関連して、Xが貸付先をB個人又は甲のいずれと認識していたのかという点が問題となった。
Aは、本件横領事件の被疑者として、令和元年12月5日に逮捕され、同月6日に勾留されたところ、逮捕された後の当初の取調べでは、Xに対して上記貸金の貸付先がB個人であるとの説明はしておらず、その使途は甲の再建費用であると説明した旨の供述をしていたが、同月9日以降の取調べでは、Xに対して貸付先がB個人であることを説明した旨の供述をするようになった。
Xは、本件横領事件の被疑者として、同月16日に逮捕され、同月17日に勾留された後、同月25日に本件横領事件について起訴された。本件刑事公判において、Aは、Xに対して貸付先がB個人であることを説明した旨の証言をしたが、その証言内容の信用性が争われ、本件記録媒体のうち同月9日の取調べに係る約50分間の部分(本件公判提出部分)が取り調べられた。令和3年10月28日に本件無罪判決が言い渡され、その理由中において、上記証言内容は信用することができない旨の判断が示された。
Xは、令和4年3月、本件本案訴訟に係る訴えを提起した。
Xは、本件本案訴訟において、C検事が取調べ中にAを脅迫するなどの言動をしたため、AはC検事に迎合して虚偽の本件供述をするに至ったものであって、本件供述には信用性がなく、Xにはその逮捕当初から本件横領事件の嫌疑が認められない旨を主張し、C検事の上記言動のうち、非言語的要素として、大きな音が響き渡る強さで机を叩いたこと、Aを大声で怒鳴りつけたこと等を指摘し、Yに本件記録媒体及びその反訳書面を証拠として提出することを求めた。これに対し、Yは、逮捕当初はXをかばう供述をしていたAが、C検事の説得によって真実である本件供述をするに至ったと評価することが十分可能であるなどと主張し、本件記録媒体の一部分の反訳書面を証拠として提出したが、本件記録媒体は提出しないとの意向を示した。なお、本件反訳書面には、C検事の言動のうち非言語的要素についても、その一部を言語的に表現したものが記載されている。
Xは、同年12月、本件申立てをした。Xは、本件対象部分により証明すべき事実について、C検事のAに対する取調べの具体的状況及び内容であるとしている。
Xは、本件申立てに先立ち、Aが本件供述をしたこと等によりXをえん罪に陥れたなどと主張して、Aに対し、不法行為に基づく損害賠償を求める訴えを提起した。令和5年3月、上記訴えに係る訴訟において、XとAとの間で、Aが、本件本案訴訟において本件記録媒体が証拠採用されることを前向きに検討し、反対しないことを確認し、Xが、本件記録媒体中のAの顔にモザイクをかけ、声を加工し、プライバシー情報を出さず、報道機関に実名報道を避ける旨を申し入れるなど、Aのプライバシーの保護に最大限配慮することを確認すること等を内容とする訴訟上の和解が成立した。
原々審の判断
Yに本件対象部分の提出を命じ、その余の本件申立てを却下する決定をした。
原々審は、本件公判不提出部分の取調べの必要性について、本件供述の信用性の判断においては、C検事の言動のうち非言語的要素も重要であり、これが客観的に記録されている本件公判不提出部分は、本件要証事実との関係で最も適切な証拠であって、本件反訳書面や人証によって代替することは困難であるから、本件公判不提出部分を取り調べる必要性の程度は高いとした。
原審の判断
原審は、Yに本件公判提出部分の提出を命ずべきものとする一方、本件申立てのうち本件公判不提出部分に係る部分を却下した。
Xは、本件刑事公判において本件記録媒体の複製物の提供を受け、これによりAの取調べにおけるC検事の言動を把握した上で、本件本案訴訟において上記言動について具体的な主張立証を行っているところ、Xの主張するC検事の言動について、Yはおおむね争わないとしており、当事者間に争いがあるのは、重要とはいい難いものを除けば、C検事がAを恫喝したかどうかといった発言内容が重視されるものに限られる上、これについても本件公判提出部分や本件反訳書面を取り調べることによって推認することができるから、本件公判不提出部分を取り調べる必要性の程度は高いものではない。また、本件公判不提出部分が本件本案訴訟において提出された場合には、これがX側から報道機関等を通じて広く公開される可能性があるところ、Aが本件和解によって本件記録媒体に含まれる自己の名誉やプライバシーといった権利利益の全部を真意に基づいて放棄したなどとみることはできず、本件公判不提出部分が提出されることによってAの名誉、プライバシーが侵害されるおそれがないとはいえない。以上に照らすと、本件公判不提出部分の提出を拒否したYの判断が、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとまではいえない。
最高裁の判断
最高裁は、原審の判断を覆し、本件公判不提出部分の提出を認めました。
本件の経緯に照らせば、本件供述は、Xが本件横領事件について逮捕、勾留及び起訴されるに当たり、その主要な証拠と位置付けられていたということができるところ、本件公判不提出部分は、検察官のAに対する取調べの過程を客観的に記録したものであること等からすると、XとYとの間において、法律関係文書に該当するということができる。
刑訴法47条は、その本文において、「訴訟に関する書類は、公判の開廷前には、これを公にしてはならない。」と規定し、そのただし書において、「公益上の必要その他の事由があって、相当と認められる場合は、この限りでない。」と規定しているところ、本件公判不提出部分は、同条により原則的に公開が禁止される「訴訟に関する書類」に当たることが明らかである。ところで、同条ただし書の規定によって「訴訟に関する書類」を公にすることを相当と認めることができるか否かの判断は、当該「訴訟に関する書類」が原則として公開禁止とされていることを前提として、これを公にする目的、必要性の有無、程度、公にすることによる被告人、被疑者及び関係者の名誉、プライバシーの侵害、捜査や公判に及ぼす不当な影響等の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情を総合的に考慮してされるべきものであり、当該「訴訟に関する書類」を保管する者の合理的な裁量に委ねられているものと解すべきである。そして、民事訴訟の当事者が、民訴法220条3号後段の規定に基づき、上記「訴訟に関する書類」に該当する文書の提出を求める場合においても、当該文書の保管者の上記裁量的判断は尊重されるべきであるが、当該文書が法律関係文書に該当する場合であって、その保管者が提出を拒否したことが、民事訴訟における当該文書を取り調べる必要性の有無、程度、当該文書が開示されることによる上記の弊害発生のおそれの有無等の諸般の事情に照らし、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものであると認められるときは、裁判所は、当該文書の提出を命ずることができるものと解するのが相当である。このことは、当事者が提出を求めるものが、検察官の取調べにおける被疑者の供述及びその状況を録音及び録画を同時に行う方法により記録した記録媒体であったとしても異なるものではない。
本件本案訴訟においては、Xが、AはC検事がAを脅迫するなどの言動をしたためにC検事に迎合して虚偽の本件供述をした旨を主張するのに対し、Yが、AはC検事の説得により真実である本件供述をしたと評価し得る旨を主張して、Aが本件供述をするに至ったことに対するC検事の言動の影響の有無、程度、内容等が深刻に争われている。しかるところ、本件公判不提出部分には、C検事の言動がその非言語的要素も含めて機械的かつ正確に記録されているのであるから、本件本案訴訟の審理を担当する原々審が、本件公判不提出部分は本件要証事実を立証するのに最も適切な証拠であり、本件反訳書面や人証によって代替することは困難であるとして、本件公判不提出部分を取り調べる必要性の程度は高いと判断したことには、一応の合理性が認められ、このような原々審の判断には相応の配慮を払うことが求められるというべきである。
原審は、Xが主張するC検事の言動のうち当事者間に争いがあるものは、発言内容が重視されるものに限られる上、当該言動についても本件公判提出部分や本件反訳書面の取調べにより推認することができるとして、本件公判不提出部分を取り調べる必要性の程度は高いものではないと判断している。しかしながら、Aが本件供述をするに至ったことに対するC検事の言動の影響の有無、程度、内容等を受訴裁判所が判断するに当たって検討の対象となるのは、Xの主張において言語的に表現されたC検事の個々の言動に限られるものではなく、証拠に現れるC検事の言動の全てが上記の検討の対象となるものである。そして、C検事の言動がその非言語的要素も含めて機械的かつ正確に記録された本件公判不提出部分は、C検事の言動について、本件反訳書面や人証と比較して、格段に多くの情報を含んでおり、また、より正確性が担保されていることが明らかであるし、本件公判提出部分を取り調べることによって、本件公判不提出部分に係るC検事の言動のうち本件反訳書面に現れていないものを検討する必要がなくなると解すべき事情もうかがわれない。そうすると、この点について、原審の上記判断は合理的なものとはいえない。
そして、上記のとおり、原々審の上記判断には相応の配慮を払うことが求められることも踏まえると、原々審の上記判断のとおり、本件公判不提出部分を取り調べる必要性の程度は高いとみるのが相当である。
以上の諸事情に照らすと、本件公判不提出部分の提出を拒否したYの判断は、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものというべきである。また、XとAとの間に本件和解が成立し、本件和解において、Aが本件記録媒体の証拠採用に反対せず、XもAのプライバシーの保護に最大限配慮することを明確に合意しているなどの本件の事実関係の下では、本件公判不提出部分が本件本案訴訟において提出されること自体によって、Aの名誉、プライバシーが侵害されることによる弊害が発生するおそれがあると認めることはできない。これに加えて、本件横領事件に関与したとされる者のうち、Xについては無罪判決が確定し、X以外の者について捜査や公判が続けられていることもうかがわれないことからすれば、本件公判不提出部分が本件本案訴訟において提出されることによって、本件横領事件の捜査や公判に不当な影響を及ぼすおそれがあるとはいえないし、将来の捜査や公判に及ぼす不当な影響等の弊害が発生することを具体的に想定することもできない。
以上の諸事情に照らすと、本件公判不提出部分の提出を拒否したYの判断は、その裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用するものというべきである。