横領罪の成否を判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁令和4年4月18日判決
Bが土地を購入するに当たり、農地転用許可を得るために、一度、土地の名義を被告人名義としたところ、被告人が第三者に売却してしまったという事案です。
Bは、農地転用許可を得ていません。したがって、Bは、土地の所有権を取得できません。そのため、Bに対する横領罪は成立しないのではないか?が問題になりました。
公訴事実
被告人は、平成27年9月頃、Aが取締役を務める有限会社BがC所有の本件土地を購入するに当たり、本件土地の農地転用許可を得るために本件土地の登記簿上の名義人を一旦被告人とし、農地転用等の手続及び資材置場として使用するための造成工事終了後にBに本件土地の所有権移転登記手続をする旨Aの兄であるDと約束し、同年10月25日、被告人が代表理事を務めるE組合に前記Cが本件土地を売却する旨の合意書を作成し、その際、Dに土地代金500万円を支払わせ、同年12月18日から同組合を登記簿上の名義人として本件土地をBのために預かり保管中、D及びBに無断で本件土地を売却しようと企て、平成28年7月14日、株式会社Fに、本件土地を代金800万円で売却譲渡した上、同日、本件土地について同社への所有権移転登記手続を完了させ、もって横領した。
審理の概要と原審の判断
第1審で、被告人は、本件土地は自己の出捐で取得したものであるから、刑法252条1項の「他人の物」には当たらないと主張して、同項の横領罪の成立を争ったが、第1審判決は、本件土地の買主はBであるとして被告人の主張を排斥し、訴因変更後の公訴事実どおりの犯罪事実を認定して被告人を懲役1年6月に処した。
被告人が、第1審判決に対して控訴し、事実誤認を主張したところ、原判決は、職権で、農地を転用する目的で所有権を移転するためには、農地法所定の許可が必要である以上、この許可を受けていないBに本件土地の所有権が移転することはないから、本件土地に関してBを被害者とする横領罪は成立し得ず、第1審判決には、横領罪の解釈、適用を誤った点について判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあるので、被告人の控訴趣意を検討するまでもなく破棄を免れないとの判断を示し、第1審判決を破棄して被告人を無罪とした。
検察官の主張
原判決の判断は、高松高等裁判所昭和58年(う)第182号同年11月22日判決・刑事裁判月報15巻11・12号1180頁と相反する。
高松高裁判決は、農地を譲り受ける契約をした者が、第三者に委託し、当該第三者名義で農地法所定の許可を受け、当該第三者に所有権移転登記を経由していたところ、当該第三者の相続人が無断で同農地に抵当権を設定したという事案について、同相続人に横領罪の成立を認めている。原判決は、このような事案においても横領罪が成立し得ないとするものであるから、刑訴法405条3号にいう、最高裁判所の判例がない場合に、控訴裁判所である高等裁判所の判例と相反する判断をしたものと認められる。
最高裁の判断
最高裁は、以下のように、横領罪の成立は否定されないと判断しました。
農地の所有者たる譲渡人と譲受人との間で農地の売買契約が締結されたが、譲受人の委託に基づき、第三者の名義を用いて農地法所定の許可が取得され、当該第三者に所有権移転登記が経由されたという場面では、原則として、農地法所定の許可を得ていない譲受人に対して農地の所有権は移転しないから、譲受人から当該第三者への占有(登記名義の保有)の委託は、所有者でない者からされたことになる。しかし、このような場面において、譲渡人は、譲受人に農地の所有権を移転する意思を有していることが明らかである上、当該第三者と共同して農地法所定の許可申請手続や登記の移転手続を行う立場にある。また、農地の売買契約自体は成立しており、譲受人は、譲渡人に対し、条件付きの権利を所有権移転請求権保全の仮登記により保全することもできる関係となる。
このような、農地の譲渡人の意思や立場、譲受人との関係に照らせば、前記のような場面において、農地の所有者たる譲渡人は、譲受人が当該土地の占有(登記名義の保有)を第三者に委託することを許容し、その権限を付与しているものと認められる。このような場合、委託者が物の所有者でなくとも、刑法252条1項の横領罪が成立し得ると解するのが相当である。
一方、農地の売買に際し、第三者名義を用いて農地法所定の許可を得ることや、譲受人自身が許可を得ないで農地を転用、取得することは、農地法に違反する行為である。しかし、農地法の趣旨は、耕作者の地位の安定や農業生産の増大を図るという点にあり、これに違反することが直ちに公序良俗に反するとまではいえない上、農地法が適用されるのは農地であり、農地であるか否かはその土地の現況によって判断されるところ、農地の売買契約締結後に当該土地が非農地化した場合、農地法所定の許可なくして所有権移転の効力が生ずる可能性がある。これらの事情に照らせば、委託関係の成立過程に農地法違反があるということのみから刑法252条1項の横領罪の成立を否定すべきものとは解されない。
したがって、農地の所有者たる譲渡人と譲受人との間で農地の売買契約が締結されたが、譲受人の委託に基づき、第三者の名義を用いて農地法所定の許可が取得され、当該第三者に所有権移転登記が経由された場合において、当該第三者が当該土地を不法に領得したときは、当該第三者に刑法252条1項の横領罪が成立するものと解される。
そうすると、同様の事案において刑法252条1項の横領罪の成立を認めた高松高裁判決の結論は正当であり、変更の必要は認められない。
なお、被告人は、原審でも、要するに、自己の出捐で前記組合が本件土地の所有権を取得したとして、事実誤認を主張していたが、原判決はこの主張について判断をしていない。この主張が認められれば、横領罪の成立は否定されることになるから、本件ではこの主張について判断した上で、本件の具体的事実関係の下での横領罪の成否を判断すべきである。
以上によれば、原判決は、最高裁判所の判例がない場合に、控訴裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断をしたもので、判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合であるとはいえない。論旨は理由がある。
よって、検察官のその余の上告趣意に判断を加えるまでもなく、刑訴法405条3号、410条1項本文により、原判決は破棄を免れず、同法413条本文に従い、更に審理を尽くさせるため本件を東京高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。