死体遺棄罪の「遺棄」の意義を判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁令和5年3月24日判決
死後間もない「えい児」を隠匿した行為が、死体遺棄罪(刑法190条)に当たるか?が争われた判決です。
(死体損壊等)
第百九十条 死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。
「遺棄」とは、死体を移動させ、放棄・隠匿することをいいます。法令・慣習上、葬祭の義務がある人の場合は、場所的移転を伴わない単なる放置も不作為犯として、死体遺棄罪に該当すると解されています。
事案の概要
被告人は、来日して技能実習生として働き、受入会社が用意した寮で生活していたところ、自分が妊娠していることを知ったものの、そのことを周囲の者に言わず、医師の診察を受けなかった。
被告人は、令和2年11月15日午前9時頃、寮の被告人の居室内で、本件各えい児を出産したが、いずれも遅くとも出産後間もなく死亡した。
被告人は、少し休んだ後、自室において、本件各えい児の死体を、タオルで包み、段ボール箱に入れ、その上に別のタオルをかぶせ、更に被告人が付けた本件各えい児の名前、生年月日のほか、おわびやゆっくり休んでくださいという趣旨の言葉を書いた手紙を置いてその段ボール箱に接着テープで封をし、その段ボール箱を別の段ボール箱に入れ、接着テープで封をしてワゴン様の棚の上に置いた。
被告人は、同月16日、妊娠の可能性を聞いた監理団体の職員等に連れられて病院で受診し、医師から検査結果を示され、同日午後6時頃、赤ちゃんの形をしたものを産んで埋めた旨話したため、同月17日、寮の捜索が行われ、上記の状態で置かれた段ボール箱の中から本件各えい児の死体が発見された。
本件の公訴事実
被告人は、令和2年11月15日頃、熊本県所在の当時の被告人方において、被告人が同日頃に出産したえい児2名の死体を段ボール箱に入れた上、自室の棚上に放置し、もって死体を遺棄した。
1審判決
1審は、死体遺棄罪の成立を認め、被告人を有罪と判断しました。
公訴事実記載の日時場所で、「被告人がその頃出産したえい児2名の死体を段ボール箱に入れた上、自室に置き続けた」という犯罪事実を認定し、死体遺棄罪の成立を認め、被告人を懲役8月、3年間執行猶予に処した。
原審の判断
原審も死体遺棄罪の成立を認め、被告人を有罪と判断しました。
原判決は、被告人の行為が刑法190条にいう「遺棄」に当たるか否かに関し、死体について一定のこん包行為をした場合、その行為が外観からは死体を隠すものに見え得るとしても、習俗上の葬祭を行う準備、あるいは葬祭の一過程として行ったものであれば、その行為は、死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情を害するものではなく、「遺棄」に当たらないとした上で、双子のえい児の死体を段ボール箱に入れて自室に置いた本件作為は、本件各えい児の死体を段ボール箱に二重に入れ、接着テープで封をするなどし、外観上、中に死体が入っていることが推測できない状態でこん包したもので、葬祭を行う準備、あるいは葬祭の一過程として行ったものではなく、本件各えい児の死体を隠匿する行為であって、他者がそれらの死体を発見することが困難な状況を作出したものといえるから、「遺棄」に当たる旨判示した。
なお、原判決は、第1審判決が認定した被告人の行為のうち、段ボール箱に入った状態の本件各えい児の死体を自室に置き続けた行為は不作為による「遺棄」に当たらない旨判示した。
最高裁の判断
最高裁は、以下のとおり、被告人の行為は死体遺棄罪に当たらないと判断し、被告人を無罪としました。
刑法190条は、社会的な習俗に従って死体の埋葬等が行われることにより、死者に対する一般的な宗教的感情や敬けん感情が保護されるべきことを前提に、死体等を損壊し、遺棄し又は領得する行為を処罰することとしたものと解される。したがって、習俗上の埋葬等とは認められない態様で死体等を放棄し又は隠匿する行為が死体遺棄罪の「遺棄」に当たると解するのが相当である。そうすると、他者が死体を発見することが困難な状況を作出する隠匿行為が「遺棄」に当たるか否かを判断するに当たっては、それが葬祭の準備又はその一過程として行われたものか否かという観点から検討しただけでは足りず、その態様自体が習俗上の埋葬等と相いれない処置といえるものか否かという観点から検討する必要がある。
被告人は、自室で、出産し、死亡後間もない本件各えい児の死体をタオルに包んで段ボール箱に入れ、同段ボール箱を棚の上に置くなどしている。このような被告人の行為は、死体を隠匿し、他者が死体を発見することが困難な状況を作出したものであるが、それが行われた場所、死体のこん包及び設置の方法等に照らすと、その態様自体がいまだ習俗上の埋葬等と相いれない処置とは認められないから、刑法190条にいう「遺棄」に当たらない。