NHKの受信契約について判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁平成29年12月6日大法廷判決
すでに報道されているとおり、NHKの受信契約について、放送法が契約締結を強制しているのは憲法に違反しないと判断した判決です。
本判決の争点
NHKとの受信契約については、放送法64条1項に規定があります。
(受信契約及び受信料)
第六十四条 協会の放送を受信することのできる受信設備(次に掲げるものを除く。以下この項及び第三項第二号において「特定受信設備」という。)を設置した者は、同項の認可を受けた受信契約(協会の放送の受信についての契約をいう。以下この条及び第七十条第四項において同じ。)の条項(以下この項において「認可契約条項」という。)で定めるところにより、協会と受信契約を締結しなければならない。ただし、特定受信設備を住居(住居とみなされる場所として認可契約条項で定める場所を含む。)に設置した場合において当該住居に設置された他の特定受信設備について当該住居及び生計を共にする他の者がこの項本文の規定により受信契約を締結しているとき、その他この項本文の規定による受信契約の締結をする必要がない場合として認可契約条項で定める場合は、この限りでない。
一 放送の受信を目的としない受信設備
二 ラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第百二十六条第一項において同じ。)又は多重放送に限り受信することのできる受信設備
この判決の争点は、以下のとおりです。実務上は、③と④が重要と考えられます。
判決の前提となる事実
(1)NHKは,放送法により設立された法人で,「公共の福祉のために,あまねく日本全国において受信できるように豊かで,かつ,良い放送番組による国内基幹放送(中略)を行うとともに,放送及びその受信の進歩発達に必要な業務を行い,あわせて国際放送及び協会国際衛星放送を行うこと」を目的としている。
(2)放送法施行前の日本では,日本放送協会のみが放送を行っていた。無線電信法により,放送の受信設備を設置するには,主務大臣の許可が必要だった。その許可を受けるには,日本放送協会に対する聴取契約書を差し出す必要があった。
(3)昭和25年に無線電信法が廃止され,放送の受信設備の設置に許可は不要となる。放送法は,「公共の福祉のために,あまねく日本全国において受信できるように放送を行うことを目的とする」公共放送事業者によるものと,それ以外の一般放送事業者によるものとの二本立て体制を採ることとした。前者を,日本放送協会の財産をそのまま引き継いで放送法により設立される特殊法人であるNHKに担わせることとした。
(4)NHKの事業運営の財源に関し,放送法は,NHKの放送を受信することのできる受信設備を設置した者が支払う受信料によって賄うこととして,「協会の標準放送(中略)を受信することのできる受信設備を設置した者は,協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」と規定し,NHKが営利を目的として業務を行うこと及び他人の営業に関する広告の放送をすることを禁止した。
(5)NHKの事業運営の基本的な財源は,前記のとおり,受信設備設置者が受信契約に基づき支払う受信料であり,NHKは,営利を目的として業務を行うこと及び他人の営業に関する広告の放送をすることを禁止されている。
受信料の月額は,国会が,NHKの毎事業年度の収支予算を承認することによって定めるものとされている。NHKは,受信契約の条項については,あらかじめ総務大臣の認可を受けなければならないものとされ,総務大臣は,受信契約条項の認可について電波監理審議会に諮問しなければならないものとされている。そして,放送法施行規則は,受信契約の条項には,少なくとも,受信契約の締結方法,受信契約の単位,受信料の徴収方法,受信契約者の表示に関すること,受信契約の解約及び受信契約者の名義又は住所変更の手続,受信料の免除に関すること,受信契約の締結を怠った場合及び受信料の支払を延滞した場合における受信料の追徴方法,NHKの免責事項及び責任事項,契約条項の周知方法を定めるものと規定している。
NHKは,「日本放送協会放送受信規約」を策定し,放送法に従いあらかじめ総務大臣の認可を受けて,これを受信契約の条項として用いている。
最高裁の判断
前記の争点ごとに,最高裁の判断をみておきましょう。
①放送法64条1項は,NHKとの受信契約を強制しているのか?
最高裁は,放送法64条1項は,受信設備設置者に対してNHKとの受信契約を強制する規定であると判断しました。
放送は,憲法21条が規定する表現の自由の保障の下で,国民の知る権利を実質的に充足し,健全な民主主義の発達に寄与するものとして,国民に広く普及されるべきものである。放送法が,「放送が国民に最大限に普及されて,その効用をもたらすことを保障すること」,「放送の不偏不党,真実及び自律を保障することによって,放送による表現の自由を確保すること」及び「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって,放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」という原則に従って,放送を公共の福祉に適合するように規律し,その健全な発達を図ることを目的として制定されたのは,上記のような放送の意義を反映したものにほかならない。
上記の目的を実現するため,放送法は,旧法下において日本放送協会のみが行っていた放送事業について,公共放送事業者と民間放送事業者とが,各々その長所を発揮するとともに,互いに他を啓もうし,各々その欠点を補い,放送により国民が十分福祉を享受することができるように図るべく,二本立て体制を採ることとしたものである。そして,同法は,二本立て体制の一方を担う公共放送事業者として原告を設立することとし,その目的,業務,運営体制等について定め,NHKを,民主的かつ多元的な基盤に基づきつつ自律的に運営される事業体として性格付け,これに公共の福祉のための放送を行わせることとした。
放送法が,前記のとおり,NHKにつき,営利を目的として業務を行うこと及び他人の営業に関する広告の放送をすることを禁止し,事業運営の財源を受信設備設置者から支払われる受信料によって賄うこととしているのは,原告が公共的性格を有することをその財源の面から特徴付けるものである。
すなわち,上記の財源についての仕組みは,特定の個人,団体又は国家機関等から財政面での支配や影響がNHKに及ぶことのないようにし,現実にNHKの放送を受信するか否かを問わず,受信設備を設置することによりNHKの放送を受信することのできる環境にある者に広く公平に負担を求めることによって,原告が上記の者ら全体により支えられる事業体であるべきことを示すものにほかならない。
NHKの存立の意義及びNHKの事業運営の財源を受信料によって賄うこととしている趣旨が,前記のとおり,国民の知る権利を実質的に充足し健全な民主主義の発達に寄与することを究極的な目的とし,そのために必要かつ合理的な仕組みを形作ろうとするものであることに加え,前記のとおり,放送法の制定・施行に際しては,旧法下において実質的に聴取契約の締結を強制するものであった受信設備設置の許可制度が廃止されるものとされていたことをも踏まえると,放送法64条1項は,NHKの財政的基盤を確保するための法的に実効性のある手段として設けられたものと解されるのであり,法的強制力を持たない規定として定められたとみるのは困難である。
受信契約の締結を強制するに当たり,放送法には,その契約の内容が定められておらず,一方当事者たるNHKが策定する放送受信規約によって定められることとなっている点は,問題となり得る。
しかし,受信契約の最も重要な要素である受信料額については,国会が原告の毎事業年度の収支予算を承認することによって定めるものとされ,また,受信契約の条項はあらかじめ総務大臣の認可を受けなければならないものとされ,総務大臣は,その認可について電波監理審議会に諮問しなければならないものとされているのであって,放送法は,このようにして定まる受信契約の内容が,同法に定められたNHKの目的にかなうものであることを予定していることは明らかである。同法には,受信契約の条項についての総務大臣の認可の基準を定めた規定がないとはいえ,前記のとおり,放送法施行規則が,受信契約の条項には,少なくとも,受信契約の締結方法,受信契約の単位,受信料の徴収方法等の事項を定めるものと規定しており,NHKの策定した放送受信規約に,これらの事項に関する条項が明確に定められ,その内容が前記の受信契約の締結強制の趣旨に照らして適正なものであり,受信設備設置者間の公平が図られていることが求められる仕組みとなっている。また,上記以外の事項に関する条項は,適正・公平な受信料徴収のために必要なものに限られると解される。
本訴請求に関する放送受信規約の各条項は,放送法に定められた原告の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な範囲内のものといえる。
以上によれば,放送法64条1項は,受信設備設置者に対し受信契約の締結を強制する旨を定めた規定である。
②受信契約を強制している放送法64条1項は憲法違反ではないか?
放送法64条1項は,合憲であると最高裁は判断しました。
放送法が,NHKを存立させてその財政的基盤を受信設備設置者に負担させる受信料により確保するものとしていることが憲法上許容されるかという問題であり,これが許容されるとした場合に,受信料を負担させるに当たって受信契約の締結強制という方法を採ることが憲法上許容されるかという問題である。
電波を用いて行われる放送は,電波が有限であって国際的に割り当てられた範囲内で公平かつ能率的にその利用を確保する必要などから,放送局も無線局の一つとしてその開設につき免許制とするなど,元来,国による一定の規律を要するものとされてきたといえる。
放送は,無線電信法中の無線電話の一種として規律されていたにすぎず,また,放送事業及び放送の受信は,行政権の広範な自由裁量によって監理統制されるものであったため,日本国憲法下において,このような状態を改めるべきこととなったが,具体的にいかなる制度を構築するのが適切であるかについては,憲法上一義的に定まるものではなく,憲法21条の趣旨を具体化する前記の放送法の目的を実現するのにふさわしい制度を,国会において検討して定めることとなり,そこには,その意味での立法裁量が認められてしかるべきである。
公共放送事業者と民間放送事業者との二本立て体制の下において,前者を担うものとしてNHKを存立させ,これを民主的かつ多元的な基盤に基づきつつ自律的に運営される事業体たらしめるためその財政的基盤を受信設備設置者に受信料を負担させることにより確保するものとした仕組みは,前記のとおり,憲法21条の保障する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に充足すべく採用され,その目的にかなう合理的なものであると解されるのであり,かつ,放送をめぐる環境の変化が生じつつあるとしても,なおその合理性が今日までに失われたとする事情も見いだせないのであるから,これが憲法上許容される立法裁量の範囲内にあることは,明らかというべきである。このような制度の枠を離れて,受信設備を用いて放送を視聴する自由が憲法上保障されていると解することはできない。
放送法は,受信設備設置者に受信料を負担させる具体的な方法として,受信料の支払義務は受信契約により発生するものとし,任意に受信契約を締結しない受信設備設置者については,最終的には,承諾の意思表示を命ずる判決の確定によって強制的に受信契約を成立させるものとしている。受信料の支払義務を受信契約により発生させることとするのは,NHKが,基本的には,受信設備設置者の理解を得て,その負担により支えられて存立することが期待される事業体であることに沿うものであり,現に,放送法施行後長期間にわたり,NHKが,任意に締結された受信契約に基づいて受信料を収受することによって存立し,同法の目的の達成のための業務を遂行してきたことからも,相当な方法であるといえる。任意に受信契約を締結しない者に対してその締結を強制するに当たり,放送法には,締結を強制する契約の内容が定められておらず,一方当事者たるNHKが策定する放送受信規約によってその内容が定められることとなっている点については,前記のとおり,同法が予定している受信契約の内容は,同法に定められたNHKの目的にかなうものとして,受信契約の締結強制の趣旨に照らして適正なもので受信設備設置者間の公平が図られていることを要するものであり,放送法64条1項は,受信設備設置者に対し,上記のような内容の受信契約の締結を強制するにとどまると解されるから,前記の同法の目的を達成するのに必要かつ合理的な範囲内のものとして,憲法上許容されるというべきである。
したがって,放送法64条1項は,同法に定められた原告の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な内容の受信契約の締結を強制する旨を定めたものとして,憲法13条,21条,29条に違反するものではない。
③NHKとの受信契約を任意に締結しない場合,いつ受信契約は成立するのか?
最高裁は,NHKとの受信契約は,あくまでもNHKと受信設備設置者との合意によって成立することを前提に,NHKが受信設備設置者に対する受信契約締結の承諾の意思表示を命じる判決を求め,同判決の確定によって受信契約が成立すると判断しました。
放送法64条1項が,受信設備設置者はNHKと「その放送の受信についての契約をしなければならない」と規定していることからすると,放送法は,受信料の支払義務を,受信設備を設置することのみによって発生させたり,NHKから受信設備設置者への一方的な申込みによって発生させたりするのではなく,受信契約の締結,すなわちNHKと受信設備設置者との間の合意によって発生させることとしたものであることは明らかといえる。これは,旧法下において放送の受信設備を設置した者が日本放送協会との間で聴取契約を締結して聴取料を支払っていたこととの連続性を企図したものとうかがわれるところ,前記のとおり,旧法下において実質的に聴取契約の締結を強制するものであった受信設備設置の許可制度が廃止されることから,受信設備設置者に対し,NHKとの受信契約の締結を強制するための規定として放送法64条1項が設けられたものと解される。同法自体に受信契約の締結の強制を実現する具体的な手続は規定されていないが,民法上,法律行為を目的とする債務については裁判をもって債務者の意思表示に代えることができる旨が規定されており,放送法制定当時の民事訴訟法上,債務者に意思表示をすべきことを命ずる判決の確定をもって当該意思表示をしたものとみなす旨が規定されていたのであるから,放送法64条1項の受信契約の締結の強制は,上記の民法及び民事訴訟法の各規定により実現されるものとして規定されたと解するのが相当である。
以上によると,NHKからの受信契約の申込みに対して受信設備設置者が承諾をしない場合には,NHKがその者に対して承諾の意思表示を命ずる判決を求め,その判決の確定によって受信契約が成立すると解するのが相当である。
④NHKとの受信契約を強制的に締結した場合,受信料の支払義務はいつから発生するのか?
NHKとの受信契約は,判決の確定時に成立します。しかし,受信料の支払義務は,テレビ設置時に遡及すると最高裁は判断しました。
現行民法では,受信料債権は,定期債権として消滅時効の期間は5年ですが,最高裁は,受信設備設置者に対する承諾の意思表示を命ずる判決が確定してから消滅時効は進行すると判断しています。
放送受信規約には,受信契約を締結した者は受信設備の設置の月から定められた受信料を支払わなければならない旨の条項がある。前記のとおり,受信料は,受信設備設置者から広く公平に徴収されるべきものであるところ,同じ時期に受信設備を設置しながら,放送法64条1項に従い設置後速やかに受信契約を締結した者と,その締結を遅延した者との間で,支払うべき受信料の範囲に差異が生ずるのは公平とはいえないから,受信契約の成立によって受信設備の設置の月からの受信料債権が生ずるものとする上記条項は,受信設備設置者間の公平を図る上で必要かつ合理的であり,放送法の目的に沿うものといえる。
したがって,上記条項を含む受信契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定により同契約が成立した場合,同契約に基づき,受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生するというべきである。
消滅時効は,権利を行使することができる時から進行するところ,受信料債権は受信契約に基づき発生するものであるから,受信契約が成立する前においては,NHKは,受信料債権を行使することができない。
NHKは,受信契約を締結していない受信設備設置者に対し,受信契約を締結するよう求めるとともに,これにより成立する受信契約に基づく受信料を請求することができることからすると,受信設備を設置しながら受信料を支払っていない者のうち,受信契約を締結している者については受信料債権が時効消滅する余地があり,受信契約を締結していない者についてはその余地がないということになるのは,不均衡であるようにも見える。しかし,通常は,受信設備設置者がNHKに対し受信設備を設置した旨を通知しない限り,NHKが受信設備設置者の存在を速やかに把握することは困難であると考えられ,他方,受信設備設置者は放送法64条1項により受信契約を締結する義務を負うのであるから,受信契約を締結していない者について,これを締結した者と異なり,受信料債権が時効消滅する余地がないのもやむを得ないというべきである。
したがって,受信契約に基づき発生する受信設備の設置の月以降の分の受信料債権(受信契約成立後に履行期が到来するものを除く。)の消滅時効は,受信契約成立時から進行するものと解するのが相当である。