定年後再雇用された労働者の賃金を2割削減したことが労働条件の不合理な相違を禁止する労働契約法旧20条違反するか?が争点になった最高裁判決を紹介します。
労働契約法旧20条
労働契約法旧20条は、有期労働契約と無期労働契約との間の労働条件の不合理な相違を禁止しています。いわゆる同一労働同一賃金の根拠条文です(現在は、パート有期法8条)。
対象となる労働条件は、労働条件全般です。したがって、賃金や労働時間だけでなく、災害補償や福利厚生等にも及びます。
不合理な相違と認められるかどうかは、①職務の内容(業務の内容・当該業務に伴う責任の程度)、②当該職務の内容・配置の変更の範囲、③その他の事情を考慮して個々の労働条件ごとに個別に判断することになります。

詳しくは、以下の「同一労働同一賃金の概要と会社の対応」を参照
特に、通勤手当、安全管理、食堂の利用等について労働条件を相違させることは、上記①~③を考慮し、特段の理由がない限り合理的とは認められないと解されています。
労働契約法旧20条に違反する労働条件は、無効です。また、不法行為に基づく損害賠償請求の対象になりうると解されています。無効とされた労働条件については、基本的に無期労働契約の労働条件と同じ労働条件が認められると解されていましたが、学説では異論もあります。今回の最高裁判決は、その点を否定しています。
長澤運輸事件最高裁判決(最高裁平成30年6月1日判決)
定年退職後に再雇用された労働者の賃金を2割減額したことが、労働契約法旧20条に違反するか?が争われた事案です。

以下の「定年後再雇用と同一労働同一賃金」も参照
事案の概要
被上告人は、セメント、液化ガス、食品等の輸送事業を営む株式会社である。
上告人らは、いずれも被上告人と無期労働契約を締結し、バラセメントタンク車の乗務員として勤務していたが、被上告人を定年退職した後、被上告人と有期労働契約を締結し、それ以降もバラ車の乗務員として勤務している。
被上告人は、被上告人を定年退職した後に有期労働契約を締結して被上告人に勤務する従業員に適用される就業規則として、嘱託社員就業規を定めている。嘱託社員規則は,嘱託社員の給与は原則として嘱託社員労働契約の定めるところによること、嘱託社員には賞与その他の臨時的給与及び退職金を支給しないこと等を定めている。
被上告人は、平成22年4月から、嘱託社員のうち、定年退職前から引き続きバラ車等の乗務員として勤務する者の採用基準、賃金等について、定年後再雇用者採用条件を策定しており、同26年4月1日付けで改定された後の定年後再雇用者採用条件の内容によれば、上告人らを含む嘱託乗務員の賃金(年収)は、定年退職前の79%程度となることが想定されるものであった(なお、上告人らが定年退職前1年間に嘱託乗務員であったと仮定して賃金を計算した場合、その金額は、実際に支払を受けた賃金の約76%から約80%となる。)。
上告人らは、定年退職した日において、それぞれ、被上告人と有期労働契約を締結した。上告人らは、当初の雇用期間の満了後、雇用期間を1年間として当該有期労働契約を更新している。本件各有期労働契約は、いずれも本件再雇用者採用条件と同じ内容であり、上告人らは、老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間、いずれも調整給の支給を受けた。
嘱託乗務員である上告人らの業務の内容は、バラ車に乗務して指定された配達先にバラセメントを配送するというものであり、正社員との間において、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはない。また、本件各有期労働契約においては、正社員と同様に、被上告人の業務の都合により勤務場所及び担当業務を変更することがある旨が定められている。
最高裁の判断
被上告人の嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違は、嘱託乗務員の賃金に関する労働条件が、正社員に適用される賃金規定等ではなく、社員規則に基づく嘱託社員労働契約によって定められることにより生じているものであるから、当該相違は期間の定めの有無に関連して生じたものであるということができる。
したがって、嘱託乗務員と正社員の本件各賃金項目に係る労働条件は、同条にいう期間の定めがあることにより相違している場合に当たる。
被上告人における嘱託乗務員及び正社員は、その業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはなく、業務の都合により配置転換等を命じられることがある点でも違いはないから、両者は、職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲において相違はないということができる。
しかしながら、労働者の賃金に関する労働条件は,労働者の職務内容及び変更範囲により一義的に定まるものではなく、使用者は、雇用及び人事に関する経営判断の観点から、労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮して、労働者の賃金に関する労働条件を検討するものということができる。また、労働者の賃金に関する労働条件の在り方については、基本的には、団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいということもできる。そして、労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として、「その他の事情」を挙げているところ、その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。
したがって、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は、労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではないというべきである。
被上告人における嘱託乗務員は、被上告人を定年退職した後に、有期労働契約により再雇用された者である。定年制は、使用者が、その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら、人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに、賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ、定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は、当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し、使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合、当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また、定年退職後に再雇用される有期契約労働者は、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして、このような事情は、定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって、その基礎になるものであるということができる。そうすると、有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において、労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。
本件においては、被上告人における嘱託乗務員と正社員との本件各賃金項目に係る労働条件の相違が問題となるところ、労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合、個々の賃金項目に係る賃金は、通常、賃金項目ごとに、その趣旨を異にするものであるということができる。そして、有期契約労働者と無期契約労働者との賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、当該賃金項目の趣旨により、その考慮すべき事情や考慮の仕方も異なり得るというべきである。
そうすると、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。なお、ある賃金項目の有無及び内容が、他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ、そのような事情も、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになるものと解される。被上告人は、正社員に対し、基本給、能率給及び職務給を支給しているが、嘱託乗務員に対しては、基本賃金及び歩合給を支給し、能率給及び職務給を支給していない。基本給及び基本賃金は、労務の成果である乗務員の稼働額にかかわらず、従業員に対して固定的に支給される賃金であるところ、上告人らの基本賃金の額は、いずれも定年退職時における基本給の額を上回っている。また、能率給及び歩合給は、労務の成果に対する賃金であるところ、その額は、いずれも職種に応じた係数を乗務員の月稼働額に乗ずる方法によって計算するものとされ、嘱託乗務員の歩合給に係る係数は、正社員の能率給に係る係数の約2倍から約3倍に設定されている。
そして、被上告人は、本件組合との団体交渉を経て、嘱託乗務員の基本賃金を増額し、歩合給に係る係数の一部を嘱託乗務員に有利に変更している。このような賃金体系の定め方に鑑みれば、被上告人は、嘱託乗務員について、正社員と異なる賃金体系を採用するに当たり、職種に応じて額が定められる職務給を支給しない代わりに、基本賃金の額を定年退職時の基本給の水準以上とすることによって収入の安定に配慮するとともに、歩合給に係る係数を能率給よりも高く設定することによって労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫しているということができる。そうである以上、嘱託乗務員に対して能率給及び職務給が支給されないこと等による労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断に当たっては、嘱託乗務員の基本賃金及び歩合給が、正社員の基本給、能率給及び職務給に対応するものであることを考慮する必要があるというべきである。そして、第1審判決別紙5及び6に基づいて、本件賃金につき基本賃金及び歩合給を合計した金額並びに本件試算賃金につき基本給、能率給及び職務給を合計した金額を上告人ごとに計算すると、前者の金額は後者の金額より少ないが、その差は上告人X1につき約10%、上告人X2につき約12%、上告人X3につき約2%にとどまっている。さらに、嘱託乗務員は定年退職後に再雇用された者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることができる上、被上告人は、本件組合との団体交渉を経て、老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間、嘱託乗務員に対して2万円の調整給を支給することとしている。
これらの事情を総合考慮すると、嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても、正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で、嘱託乗務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。
被上告人における精勤手当は、その支給要件及び内容に照らせば、従業員に対して休日以外は1日も欠かさずに出勤することを奨励する趣旨で支給されるものであるということができる。そして、被上告人の嘱託乗務員と正社員との職務の内容が同一である以上、両者の間で、その皆勤を奨励する必要性に相違はないというべきである。なお、嘱託乗務員の歩合給に係る係数が正社員の能率給に係る係数よりも有利に設定されていることには、被上告人が嘱託乗務員に対して労務の成果である稼働額を増やすことを奨励する趣旨が含まれているとみることもできるが、精勤手当は、従業員の皆勤という事実に基づいて支給されるものであるから、歩合給及び能率給に係る係数が異なることをもって、嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことが不合理でないということはできない。
したがって、正社員に対して精勤手当を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものであるから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。
被上告人における住宅手当及び家族手当は、その支給要件及び内容に照らせば、前者は従業員の住宅費の負担に対する補助として、後者は従業員の家族を扶養するための生活費に対する補助として、それぞれ支給されるものであるということができる。上記各手当は、いずれも労働者の提供する労務を金銭的に評価して支給されるものではなく、従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであるから、使用者がそのような賃金項目の要否や内容を検討するに当たっては、上記の趣旨に照らして、労働者の生活に関する諸事情を考慮することになるものと解される。被上告人における正社員には、嘱託乗務員と異なり、幅広い世代の労働者が存在し得るところ、そのような正社員について住宅費及び家族を扶養するための生活費を補助することには相応の理由があるということができる。他方において、嘱託乗務員は、正社員として勤続した後に定年退職した者であり、老齢厚生年金の支給を受けることが予定され、その報酬比例部分の支給が開始されるまでは被上告人から調整給を支給されることとなっているものである。
これらの事情を総合考慮すると、嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても、正社員に対して住宅手当及び家族手当を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれらを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。
上告人らは、嘱託乗務員に対して役付手当が支給されないことが不合理である理由として、役付手当が年功給、勤続給的性格のものである旨主張しているところ、被上告人における役付手当は、その支給要件及び内容に照らせば、正社員の中から指定された役付者であることに対して支給されるものであるということができ、上告人らの主張するような性格のものということはできない。
したがって、正社員に対して役付手当を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるということはできない。
正社員の超勤手当及び嘱託乗務員の時間外手当は、いずれも従業員の時間外労働等に対して労働基準法所定の割増賃金を支払う趣旨で支給されるものであるといえる。被上告人は、正社員と嘱託乗務員の賃金体系を区別して定めているところ、割増賃金の算定に当たり、割増率その他の計算方法を両者で区別していることはうかがわれない。
しかしながら、嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことは、不合理であると評価することができるものに当たり、正社員の超勤手当の計算の基礎に精勤手当が含まれるにもかかわらず、嘱託乗務員の時間外手当の計算の基礎には精勤手当が含まれないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものであるから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。
賞与は、月例賃金とは別に支給される一時金であり、労務の対価の後払い、功労報償、生活費の補助、労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るものである。嘱託乗務員は、定年退職後に再雇用された者であり、定年退職に当たり退職金の支給を受けるほか、老齢厚生年金の支給を受けることが予定され、その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間は被上告人から調整給の支給を受けることも予定されている。また、本件再雇用者採用条件によれば、嘱託乗務員の賃金(年収)は定年退職前の79%程度となることが想定されるものであり、嘱託乗務員の賃金体系は、嘱託乗務員の収入の安定に配慮しながら、労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になっている。
これらの事情を総合考慮すると、嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であり、正社員に対する賞与が基本給の5か月分とされているとの事情を踏まえても、正社員に対して賞与を支給する一方で、嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。
以上のとおり、嘱託乗務員と正社員との精勤手当及び超勤手当(時間外手当)を除く本件各賃金項目に係る労働条件の相違については、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるということはできないから、上記各手当を除く本件各賃金項目に係る上告人らの主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がない。
上告人らに精勤手当を支給しないことは労働契約法20条に違反するものである。また、被上告人が、本件組合との団体交渉において、嘱託乗務員の労働条件の改善を求められていたという経緯に鑑みても、被上告人が、 嘱託乗務員に精勤手当を支給しないという違法な取扱いをしたことについては、過失があったというべきである。そして、上告人らは、第1審判決別紙2から4までの各「精勤手当」欄記載のとおり、正社員であれば支給を受けることができた精勤手当の額(上告人X1につき合計9万円、上告人X2につき合計5万円、上告人X3につき合計6万円)に相当する損害を被ったということができる。
そうすると、 精勤手当に係る上告人らの予備的請求は理由があり、被上告人は、上告人らに対 し、不法行為に基づく損害賠償として、上記金額の損害賠償金及びこれに対する精勤手当の各支払期日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。