歩合給と残業代に関する最高裁判決を紹介します。
最高裁令和2年3月30日判決
歩合給の計算の際に、売上高等の一定割合に相当する金額から残業代等に相当する金額を控除する賃金規則の有効性が争われた事案です。
第一次上告審で最高裁は、賃金規則が当然に公序良俗違反で無効と解することはできないと判断しました。
第一次上告審の判決は、以下の記事参照
その上で、賃金規則における賃金の定めについて、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できるか?を審理・判断するよう、原審に差し戻していました。
事案の概要
Yは、一般旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社である。Xらは、Yとの間で労働契約を締結し、タクシー乗務員として勤務していた。
Yの賃金規則は、タクシー乗務員の賃金について、以下のように定めていた。
(1)基本給:1乗務(15時間30分)当たり1万2,500円
(2)服務手当:タクシーに乗務しないことに従業員に責任がない場合、1時間当たり1,200円、責任がある場合、1時間当たり1,000円
(3)割増賃金・歩合給を求めるための対象額A
A=(所定内税抜揚高-所定内基礎控除額)×0.53+(公出税抜揚高-公出基礎控除額)×0.62
(4)控除額
所定内基礎控除額=所定就労日の1乗務の控除額×平日、土曜日及び日曜祝日の各乗務日数
1乗務の控除額は、平日は原則として2万9,000円、土曜日は1万6,300円、日曜祝日は1万3,200円
公出基礎控除額=公出(所定乗務日数を超える出勤)の1乗務の控除額×平日、土曜日及び日曜祝日の各乗務日数
1乗務の控除額は、平日は原則として2万4,100円、土曜日は1万1,300円、日曜祝日は8,200円
(5)深夜手当
①と②の合計額
①{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.25×深夜労働時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.25×深夜労働時間
(6)残業手当
①と②の合計額
①{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×1.25×残業時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.25×残業時間
(7) 公出手当のうち、法定外休日分
①と②の合計額
①{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.25×休日労働時間
②(対象額A÷総労働時間)×0.25×休日労働時間
(8)歩合給(1)
対象額A-{割増金(深夜手当、残業手当及び公出手当の合計)+交通費}
(9)歩合給(2)
(所定内税抜揚高-34万1,000円)×0.05
Yらは、歩合給(1)の算定に当たり、対象額Aから割増金及び交通費相当額を控除した金額がマイナスになる場合には、歩合給(1)の支給額を0円とする取扱いをしており、実際に、上告人らに支払われた賃金について、対象額Aが上記の控除額を下回り、歩合給(1)の支給額が0円とされたこともあった。
原審の判断
原審は、Xらの未払賃金の請求を認めませんでした。
本件各賃金規則に基づきタクシー乗務員に支給される賃金については、通常の労働時間の賃金に当たる基本給、服務手当、歩合給(1)及び歩合給(2)と、労働基準法37条所定の割増賃金に当たる深夜手当、残業手当(法内時間外労働の部分を除く。)及び公出手当(法定外休日労働の部分を除く。)とを明確に判別することができる。
そして、Xらに対して支払われた割増金の額は、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として労働基準法37条並びに政令及び厚生労働省令に定められた方法により算定した割増賃金の金額を下回らないから、Xらに支払われるべき未払賃金があるとは認められない。
最高裁の判断
最高裁は、Xらの未払賃金の請求を認めました。
労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される。また、割増賃金の算定方法は、労働基準法37条等に具体的に定められているが、労働基準法37条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、使用者が、労働契約に基づき、労働基準法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない。
使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である。使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、同条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである。
割増金は、深夜労働、残業及び休日労働の各時間数に応じて支払われることとされる一方で、その金額は、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)の算定に当たり対象額Aから控除される数額としても用いられる。対象額Aは、揚高に応じて算出されるものであるところ、この揚高を得るに当たり、タクシー乗務員が時間外労働等を全くしなかった場合には、対象額Aから交通費相当額を控除した額の全部が歩合給(1)となるが、時間外労働等をした場合には、その時間数に応じて割増金が発生し、その一方で、この割増金の額と同じ金額が対象額Aから控除されて、歩合給(1)が減額されることとなる。そして、時間外労働等の時間数が多くなれば、割増金の額が増え、対象額Aから控除される金額が大きくなる結果として歩合給(1)は0円となることもあり、この場合には、対象額Aから交通費相当額を控除した額の全部が割増金となるというのである。
本件各賃金規則の定める各賃金項目のうち歩合給(1)及び歩合給(2)に係る部分は、出来高払制の賃金、すなわち、揚高に一定の比率を乗ずることなどにより、揚高から一定の経費や使用者の留保分に相当する額を差し引いたものを労働者に分配する賃金であると解されるところ、割増金が時間外労働等に対する対価として支払われるものであるとすれば、割増金の額がそのまま歩合給(1)の減額につながるという上記の仕組みは、当該揚高を得るに当たり生ずる割増賃金をその経費とみた上で、その全額をタクシー乗務員に負担させているに等しいものであって、労働基準法37条の趣旨に沿うものとはいい難い。また、割増金の額が大きくなり歩合給(1)が0円となる場合には、出来高払制の賃金部分について、割増金のみが支払われることとなるところ、この場合における割増金を時間外労働等に対する対価とみるとすれば、出来高払制の賃金部分につき通常の労働時間の賃金に当たる部分はなく、全てが割増賃金であることとなるが、これは、法定の労働時間を超えた労働に対する割増分として支払われるという労働基準法37条の定める割増賃金の本質から逸脱したものといわざるを得ない。
結局、本件各賃金規則の定める上記の仕組みは、その実質において、出来高払制の下で元来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきである(このことは、歩合給対応部分の割増金のほか、同じく対象額Aから控除される基本給対応部分の割増金についても同様である。)。そうすると、本件各賃金規則における割増金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われるものが含まれているとしても、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。そして、割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件各賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる。
したがって、YらのXらに対する割増金の支払により、労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたということはできない。
本件においては、上記のとおり対象額Aから控除された割増金は、割増賃金に当たらず、通常の労働時間の賃金に当たるものとして、労働基準法37条等に定められた方法により上告人らに支払われるべき割増賃金の額を算定すべきである。