電子記録債権の支払と転付命令による弁済の効果について判断した最高裁決定を紹介します。
最高裁令和5年3月29日決定
第三債務者が差押命令の送達を受ける前に被差押債権の支払のために電子記録債権を発生させた場合、被差押債権についての転付命令が第三債務者に送達された後に上記電子記録債権の支払いを行った場合、転付命令の執行債権の弁済の効果が問題になった事案です。
電子記録債権
電子記録債権は、債権の発生・譲渡について電子記録をすることを要件とする金銭債権です(電子記録債権法2条1項)。
転付命令
強制執行で債権を差押えた場合、債権者は、第三債務者から債権を取立てます。差押えが競合すると、第三債務者から債権を取立てることはできず、配当を受けることになります。
転付命令は、金銭債権を強制的に移転させる制度です。
債権者Aが債務者Bに対して債権αを有している場合、債務者Bの第三債務者Sに対する債権βについて差押命令を得た上で、転付命令を取得すると、債権βはBからAに移転します。そして、βの券面額に相当する範囲でαが弁済されたとみなされます(民事執行法160条)。つまり、債権βを取立てれたか否かに関わらず、債権αは債権βの券面額の範囲で消滅します。
本件の争点
第三債務者が、差押命令の送達を受ける前に債務者との間で差押えに係る金銭債権の支払のために電子記録債権を発生させた場合、差押命令送達後にその電子記録債権が支払われたとしても、差押えに係る金銭債権は消滅し、第三債務者はその消滅を差押債権者に対抗することができます。
つまり、転付命令を得た債権者は、第三債務者から債権を回収することができなくなります。にもかかわらず、転付命令による弁済の効果が発生してしまうのでしょうか?
事案の概要
Xは、令和3年11月15日、Yに対してXへの金員の支払を命ずる旨の仮執行の宣言を付した判決を債務名義として、YのAに対する売掛債権について差押命令及び転付命令を得た。前件転付命令等は、同月18日、第三債務者であるAに、同月25日、債務者であるYにそれぞれ送達され、その後確定した。
Aは、前件差押命令の送達を受ける前に、Yとの間で、前件転付命令等に係る売掛債権のうち合計1463万円余の債権について、その支払のために電子記録債権を発生させていた。Aは、Yに対し、本件電子記録債権の支払をし、Xに対しては本件被転付債権の支払をしなかった。
Xは、令和4年1月22日、本件判決を債務名義として、Yが有する原々決定別紙差押債権目録記載の各売掛債権について差押命令の申立てをし、原々審は、同月31日、これに基づく差押命令を発した。本件差押命令の執行債権は、原々決定別紙請求債権目録記載のとおりであり、前件転付命令の執行債権が含まれていたが、本件被転付債権の額が控除されていなかった。
これに対し、Yは、本件被転付債権は前件転付命令がAに送達された時点で存在したから、前件転付命令の執行債権は、本件被転付債権の券面額で弁済されたものとみなされ(民事執行法160条)、その大部分が消滅しており、本件差押命令は、同法146条2項が禁止する超過差押えに当たるとして、その取消しを求める執行抗告をした。
原審の判断
原審は、以下のとおり、転付命令による弁済の効果は生じないと判断しました。
差押えに係る金銭債権がその支払のために発生した電子記録債権の支払により消滅し、第三債務者がこれを差押債権者に対抗することができるときは、上記差押えに係る金銭債権について発せられた転付命令により執行債権及び執行費用が弁済されたものとみなされることはない。本件において、Aは、本件被転付債権についての差押命令の送達を受ける前に、Yとの間で、その支払のために本件電子記録債権を発生させたものであり、前件転付命令等の送達を受けた後に本件支払をしたとしても、本件支払により本件被転付債権が消滅したことを差押債権者であるXに対抗することができる以上、前件転付命令の執行債権は、弁済されたものとみなされることはない。
最高裁の判断
最高裁は、転付命令による弁済の効果が発生していると判断しました。
第三債務者が差押命令の送達を受ける前に債務者との間で差押えに係る金銭債権の支払のために電子記録債権を発生させた場合には、上記送達後にその電子記録債権が支払われたとしても、上記差押えに係る金銭債権は消滅し、第三債務者はその消滅を差押債権者に対抗することができると解される。
転付命令が効力を生じた場合、執行債権及び執行費用は、転付命令に係る金銭債権が存する限り、差押債権者がその現実の満足を受けられなくても、その券面額で転付命令が第三債務者に送達された時に弁済されたものとみなされる(民事執行法160条)。上記差押えに係る金銭債権について転付命令が発せられ、これが第三債務者に送達された後に、第三債務者が上記電子記録債権の支払をした場合には、上記転付命令に係る金銭債権は上記の弁済の効果が生ずる時点で存在していたのであるから、上記の弁済の効果が妨げられる理由はないというべきである(その場合、差押債権者は、債務者に対し、債務者が支払を受けた上記電子記録債権の額についての不当利得返還請求等をすることができることは別論である。)。
したがって、第三債務者が差押命令の送達を受ける前に債務者との間で差押えに係る金銭債権の支払のために電子記録債権を発生させた場合において、上記差押えに係る金銭債権について発せられた転付命令が第三債務者に送達された後に上記電子記録債権の支払がされたときは、上記支払によって民事執行法160条による上記転付命令の執行債権及び執行費用の弁済の効果が妨げられることはないというべきである。