年棒制の残業代に関する最高裁判決を紹介します(年棒制の場合の残業代の計算も参照)。
最高裁平成29年7月7日判決
医療法人に雇用されていた医師が、解雇無効による地位確認と時間外労働・深夜労働に対する残業代を請求した事案です。この事案では、残業代を含む年俸制とされてました。しかし、残業代部分は明示されていませんでした。
事案の概要
医師である上告人と医療法人である被上告人は、平成24年4月に以下のとおり、雇用契約を締結した。
(1)年棒1700万円
年棒は①月85万円の本給、②役付手当・職務手当・調整手当の月合計34万1,000円、③本給3か月分相当額を基準とする賞与から構成されていた。
(2)週5日勤務、1日の所定勤務時間は午前8時30分~午後5時30分で休憩1時間
業務上の必要がある場合には、これ以外の時間帯でも勤務しなければならず、その場合の時間外勤務に対する給与は医師時間外勤務給与規程による。
時間外勤務規程は、次のように定めていた。
①時間外手当対象業務は原則、病院収入に直接貢献する業務又は必要不可欠な緊急業務に限る。
②医師の時間外勤務に対する給与は、緊急業務における実労働時間を対象とし、管理責任者の認定により支給する。
③時間外手当の対象となる時間外勤務の対象時間は、勤務日の午後9時から翌日午前8時30分までの間及び休日に発生する緊急業務に要した時間とする。
④通常業務の延長とみなされる時間外業務は、時間外手当の対象外
⑤当直・日直の医師には、別途当直・日直手当が支給される。
(3)時間外勤務規程に基づいて支払われるもの以外の時間外労働等
雇用契約において、時間外勤務規程に基づいて支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金について、年棒1,700万円に含まれることが合意されていたが、このうち、時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされなかった。
(4)既払いの残業代
被告上告人は上告人に対して、本給・諸手当以外に時間外勤務規程に基づき27.5時間(7.5時間が深夜労働)に対する時間外手当として15万5,300円、当直手当合計42万円をそれぞれ支払った。この時間外手当は、上告人の1か月当たりの平均所定労働時間及び本給86万円を基礎に算出されていたが、深夜労働を理由とする割増のみなされていた。
原審の判断
原審は、本件での合意は医師としての業務の特質に照らして合理性があり、上告人が労務提供について自らの裁量で律することができたこと、上告人の給与額が高額であることから、労働者としての保護に欠けるおそれがなく、月額給与のうち割増賃金に当たる部分を判別できないから言って不都合はないと判断しました。
最高裁の判断
最高裁はまず、従来の判例法理である、①基本給等にあらかじめ含める形で割増賃金を支払う方法自体が直ちに労基法に反するものではないこと、②基本給等の定めについて、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分を判別することができる必要があること、③割増賃金に当たる部分が労基法で定められた方法で算出した割増賃金の額を下回るときは、使用者は差額を支払わなければならないことを本判決でも確認しています。
その上で、本件の残業代請求について、次のように判断しています。
時間外規程に基づいて支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金を年棒1,700万円に含める合意がされていたが、時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかった。
本件合意によって、上告人に支払われた賃金のうち時間外労働等に対する割増賃金として支払われた金額を確定できず、上告人に支払われた年棒について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができない。
したがって、被告上告人の上告人に対する年棒の支払により、上告人の時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金が支払われたということはできない。