民法改正によって、錯誤の規定はどのように変わるのでしょうか?
錯誤とは?
法律行為の要素に錯誤があったときは、意思表示は、無効とされます。錯誤とは、真意と表示の不一致のことをいいます。錯誤には、①表示の錯誤と②内容の錯誤があります。
①表示の錯誤
「100ドル」と表記するところを「100円」と表記してしまった、というような表示の誤りを表示の錯誤といいます。
②内容の錯誤
「100ドル」と「100円」を同じ価値だと思い込んでいたというように、法律行為の内容に錯誤がある場合を内容の錯誤といいます。内容の錯誤は、同一性の錯誤・性状の錯誤・法律状態の錯誤に分類することができます。
動機の錯誤
意思表示を行う場合の意思の形成過程に錯誤があることを動機の錯誤といいます。たとえば、甲が乙から絵画を200万円で買うという売買契約を締結したとします。甲がその絵画を購入したのは、世界的に有名な画家の作品だと思ったからです。ところが、実際は、世界的な有名な画家の作品ではなかったという場合、動機の錯誤の問題になります。
判例・通説は、動機の錯誤自体は、要素の錯誤ではないので、無効を主張することはできないと解しています。ただし、動機が表示された場合は意思表示の内容になっているので、要素の錯誤となり、無効を主張できると解しています。
錯誤の効果
民法は、錯誤の効果を無効としています。無効とは、当初から効果が生じていないということです。
ところが、民法は表意者に重大な過失があるときは、無効を主張することができないと規定しています。なので、錯誤による無効とは、当然無効ではなく、当事者の主張によって、はじめて無効の効果が生じると解されています。
また、表意者以外の相手方や第三者が錯誤無効を主張できるか?という問題があります。まず、表意者に重過失があって錯誤無効を主張できない場合は、表意者以外の者も錯誤無効を主張できません。また、表意者が錯誤無効を主張できるが、主張をしない場合は、原則、表意者しか錯誤無効は主張できないというのが判例の立場です。
改正民法の錯誤の規定
民法の改正よって、錯誤の規定は次のようになります。
(錯誤)
第九十五条 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
動機の錯誤をはじめとする判例の考えについて規定するとともに、錯誤の効果を無効から取消しに改めています。また、改正民法は、法律行為の要素を「法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なもの」と改めています。判例・学説は、法律行為の要素に錯誤があるというのは、①当該錯誤がなければ、表意者は意思表示をしなかったであろうこと、②一般人もそのような意思表示はしなかったであろうことを要件としています。改正民法の規定は、その要件を言い換えたものということができます。