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取締役の退職慰労金に関する最高裁判決


取締役の退職慰労金に関する最高裁判決を紹介します。

最高裁令和6年7月8日判決

 代表取締役を退任した被上告人が、上告人会社の株主総会から被上告人の退職慰労金について決定することの委任を受けた取締役会において、代表取締役である上告人Yの故意又は過失により上記委任の範囲を超える減額をした退職慰労金を支給する旨の決議がされたなどと主張して、上告人Yに対しては民法709条等に基づき、上告人会社に対しては会社法350条等に基づき、損害賠償等を求めた事案です。

 取締役会決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるか?が争われました。

事案の概要

 上告人会社においては、退任取締役の退職慰労金の算定基準等を定めた取締役退任慰労金内規が存在する。本件内規には、退任取締役の退職慰労金は、退任時の報酬月額等により一義的に定まる額を基準とする旨の定めがある一方で、取締役会は、退任取締役のうち、「在任中特に重大な損害を与えたもの」に対し、基準額を減額することができる旨の定めがあった。なお、本件内規には、減額の範囲ないし限度についての定めは置かれていない。

 被上告人は、平成16年6月に上告人会社の代表取締役に就任した。

 被上告人は、平成24年から平成27年までの間、上告人会社から、社内規程所定の上限額を超過する額の宿泊費等を受領した。同年、上告人会社について実施された税務調査においてこのことが発覚し、当該超過分合計約1,610万円が被上告人の報酬と認定され、被上告人は、上告人会社が納付した上記の報酬認定に係る源泉徴収税に相当する額を負担することになった。被上告人は、平成28年7月、上告人会社の取締役会の委任を受けた代表取締役として自らの平成28年度の報酬を決定するに当たり、これを前年度と比べて2,308万円増額し、その後は退任するまで増額された報酬を受領した。この増額は、被上告人において、上記源泉徴収税相当額の負担を上告人会社に転嫁するとともに、社内規程に違反する宿泊費等の支給を実質的に永続化する目的でされたものであった(「本件行為1」)。本件行為1は、新聞等で取り上げられ、社会一般に知れ渡ることになった。

 また、上告人会社が平成24年度に被上告人の交際費として支出した額は約4,925万円であったところ、被上告人は、平成25年度から平成28年度までの各年度において、交際費として、上記の額を大幅に超過する額(当該超過分は合計約1億0,079万円)を上告人会社に支出させた。さらに、被上告人は、上告人会社の海外旅費規程を改定させ、平成24年から平成28年までの間、被上告人の出張に伴う支度金として、上記の改定前の海外旅費規程によるよりも約545万円多い額を上告人会社に支出させるなどした(「本件行為2」)。

 被上告人は、平成29年5月に開催された上告人会社の取締役会において、体調不良を理由に、同年6月に開催される定時株主総会の終結時をもって代表取締役及び取締役を辞任する意向を表明した。

 平成29年6月16日に開催された上告人会社の定時株主総会において、被上告人の退職慰労金について、本件内規に従って決定することを取締役会に一任する旨の決議がされた。なお、上記決議に先立ち、議長を務めた被上告人から、被上告人の退職慰労金は、取締役会において、中立かつ公正な調査委員会を設置しその調査結果を踏まえて決定する方針であり、被上告人としてはその決定に従う意向である旨が説明された。

 その後間もなく、被上告人と利害関係のない弁護士3名及び公認会計士1名並びに上告人会社の常勤監査役1名で構成される本件調査委員会が設置され、本件調査委員会により被上告人の退職慰労金に関する事実関係の調査等が実施された。本件調査委員会は、平成29年12月、上記調査等の結果を取りまとめた詳細な本件調査報告書を上告人会社の代表取締役である上告人Yに提出した。本件調査報告書の概要は次のとおりであった。

 本件行為1は、特別背任罪の成立要件の充足を否定しきれない悪質な行為である。また、本件行為2のうち、交際費の支出に係る行為は、合理的な手続によらずに明らかに過剰な額を支出させたものであり、海外旅費規程の改定も、合理的な理由に基づかずにさせたものであって、いずれも正当化することができない。さらに、被上告人は、平成26年度から平成28年度までの間、文化芸術活動の支援事業等の費用を上告人会社に支出させた(「本件行為3」)ところ、その支出のうち約2億0,558万円は明らかに過剰なものであった。本件各行為は、いずれも上告人会社に多大な損害を与えるものであった。本件各行為による財産上の損害の額は、合計約3億5,551万円である。

 上告人会社の取締役会は、本件行為1につき告訴をすると判断した場合、被上告人に退職慰労金を支給しない旨の決議をすべきである。他方、取締役会が、本件行為1につき告訴をしないと判断した場合には、被上告人に一定額の退職慰労金を支給する旨の決議をしたとしても、取締役に善管注意義務違反があるとはいえない。そして、被上告人に退職慰労金を支給する場合、被上告人に係る基準額から上記の財産上の損害の額の全部又は相当部分を控除して上記退職慰労金の額を算出する方法を採用することには合理性がある。

 平成30年2月2日に開催された上告人会社の取締役会において、被上告人の退職慰労金について審議が行われた。この審議では、本件調査報告書の内容を踏まえて、本件行為1につき告訴をし、退職慰労金を支給しないこととすべきである旨の意見や、懲罰的要素を含めて大幅に減額した額の退職慰労金を支給するのが相当である旨の意見など種々の意見が出されたところ、最終的に、本件行為1につき告訴をしないが、被上告人の退職慰労金に係る基準額として算出した3億7,720万円から上記の約3億5,551万円の約90%相当額を控除した5,700万円を退職慰労金として支給するのが相当である旨の上告人Yの提案が支持され、被上告人に対して上記の額の退職慰労金を支給する旨の決議がされた。

 その後、上告人会社は、被上告人に対し、5,700万円の退職慰労金を支給した。

原審の判断

 原審は、被上告人の上告人Yに対する民法709条に基づく損害賠償請求及び上告人会社に対する会社法350条に基づく損害賠償請求をいずれも認容しました。

 本件減額規定は、退任取締役の退職慰労金について、上告人会社に特に重大な損害を与えた在任中の行為によって生じた損害に相当する額を基準額から減額することができる旨を定めたものであり、上記行為とは別の行為による損害を考慮して上記退職慰労金を減額することは許されないと解される。上告人会社の取締役会は、本件行為3が上告人会社に特に重大な損害を与えた行為とはいえないにもかかわらず、本件行為3に係る費用の支出を考慮して被上告人の退職慰労金を減額した点において、本件減額規定の解釈適用を誤ったものであり、本件取締役会決議には裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある。

最高裁の判断

 最高裁は、被上告人の上告人Yに対する民法709条に基づく損害賠償請求及び上告人会社に対する会社法350条に基づく損害賠償請求をいずれも認めませんでした。

 本件減額規定は、取締役会は、退任取締役が在任中上告人会社に特に重大な損害を与えた場合、基準額を減額することができる旨を定めているところ、その趣旨は、取締役を監督する機関である取締役会が取締役の在任中の行為について適切な制裁を課すことにより、上告人会社の取締役の職務執行の適正を図ることにあるものと解される。上告人会社の株主総会が退任取締役の退職慰労金について本件内規に従って決定することを取締役会に一任する旨の決議をした場合、取締役会は、退任取締役が本件減額規定にいう「在任中特に重大な損害を与えたもの」に当たるか否か、これに当たる場合に減額をした結果として退職慰労金の額をいくらにするかの点について判断する必要があるところ、上記の本件減額規定の趣旨に鑑みれば、取締役会は、取締役の職務の執行を監督する見地から、当該退任取締役が上告人会社に特に重大な損害を与えたという評価の基礎となった行為の内容や性質、当該行為によって上告人会社が受けた影響、当該退任取締役の上告人会社における地位等の事情を総合考慮して、上記の点についての判断をすべきである。そして、これらの事情は、いずれも会社の業務執行の決定や取締役の職務執行の監督を行う取締役会が判断するのに適した事項であること、さらに、本件内規が本件減額規定による減額の範囲等について何らの定めも置いていないことに照らせば、取締役会は、上記の点について判断するに当たり広い裁量権を有するというべきであり、取締役会の決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということができるのは、この判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理である場合に限られると解するのが相当である(原審は、本件減額規定は特に重大な損害を与えた在任中の行為によって生じた損害相当額のみを減額し得る旨を定めたものとするが、本件減額規定がそのような趣旨のものであるとは解されない。)。

 上告人会社の取締役会は、被上告人が代表取締役在任中に本件各行為をしたことを考慮して、本件取締役会決議をしたものである。しかるところ、このうち本件行為1は、上告人会社の代表取締役を務めていた被上告人が、長期間にわたって上告人会社から社内規程所定の上限額を超過する額の宿泊費等を受領し、このことが発覚した後には、いったん負担した当該超過分に係る源泉徴収税相当額を上告人会社に転嫁するとともに、社内規程に違反する宿泊費等の支給を実質的に永続化する目的で自らの報酬を増額したというものであり、このことが報道により社会一般に広く知れ渡ったことによって、上告人会社の社会的信用が毀損されたことがうかがわれる。また、本件調査委員会は、定時株主総会において示された方針に基づいて設置され、被上告人と利害関係のない弁護士等で構成されたところ、本件調査委員会による本件調査報告書では、本件行為1は特別背任罪に該当する疑いがあり、本件行為2も正当化することができず、被上告人は両行為により上告人会社に多大な損害を与えたとの指摘がされたものである。そして、取締役会は、このような本件調査報告書の内容を踏まえて本件取締役会決議をしたものであるところ、本件調査委員会が調査等に当たって収集した情報に不足があったことはうかがわれない。さらに、取締役会は、上記の指摘を受けて、本件調査委員会が提示した本件行為1につき告訴をして退職慰労金を支給しないとする案も検討したが、審議の結果、最終的に、告訴をせずに退職慰労金を大幅に減額する旨の判断に至ったのであり、取締役会においては、相当程度実質的な審議が行われたということができる。

 これらの事情を総合考慮すると、本件行為1及び本件行為2を上告人会社に多大な損害を及ぼす性質のものと評価することは相応の合理的根拠に基づくものといえ、本件行為3が上告人会社に損害を与えるものであったか否かにかかわらず、被上告人が本件減額規定にいう「在任中特に重大な損害を与えたもの」に当たるとして減額をし、その結果として被上告人の退職慰労金の額を5,700万円とした取締役会の判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理であるということはできない。

 以上によれば、本件取締役会決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということはできない。


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