婚姻費用分担審判において、推定されない嫡出子との父子関係を争っている場合に、父子関係の存否を判断せずに、婚姻費用分担の審判ができるか?を判断した最高裁決定を紹介します。
最高裁令和5年5月17日決定
婚姻費用分担審判において、父親と嫡出推定を受けない子との親子関係の存在が争われていた事案です。親子関係の存否を判断せずに、婚姻費用分担の審判ができるか?が問題になりました。
嫡出推定
夫婦の間に生まれた子のことを嫡出子といいます。民法772条は、子が嫡出子と推定される場合を規定しています。
(嫡出の推定)
第七百七十二条 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
2 婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。
①妻が婚姻中に妊娠した子は、嫡出子と推定されます。
また、②婚姻成立の日から200日を経過した後又は婚姻解消の日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に妊娠したと推定されます。
このように、一定期間内に生まれた子は、婚姻中に妊娠したと推定されます。そして、①婚姻中に妊娠した子は、嫡出子と推定されます。つまり、②の場合は、結果的に嫡出子と推定されますが、2段階の推定を経ています。
民法772条により嫡出子と推定される場合、父子関係を争うには、夫が子の出生を知った時から1年以内に嫡出否認の訴えを提起しなければなりません(民法774条、777条)。
推定されない嫡出子
婚姻届を提出して数日後に生まれた子は、嫡出子として推定されません。しかし、すでに事実上の夫婦として同棲し、内縁関係の継続中に内縁の妻が妊娠した場合、民法772条は適用されなくても、非嫡出子として扱うのではなく、父親による認知を要さずに、出生と同時に嫡出子として扱われます。
ただ、市役所等の窓口では、内縁関係が先行していたかを審査していません。そのため、婚姻中に生まれた夫婦の子は、常に嫡出子として扱い、問題があれば、裁判手続で争わせるという扱いになっています。
したがって、民法772条2項の要件を満たさずに、婚姻中に生まれた子は、戸籍上、嫡出子として扱われます。このような子を推定されない嫡出子といいます。
推定されない嫡出子は、民法772条の適用がないので、父子関係の存否は、嫡出否認の訴えによることなく、親子関係不存在確認の訴えによって争うことができます。裁判ではなく、家裁の調停における合意に相当する審判で争うことも可能です。
事案の概要
YとXは、平成25年頃から交際を始め、平成26年2月、婚姻の届出をした。
Xは、同年4月、本件子を出産し、本件子をYとXの嫡出子とする出生の届出をした。その後、YとXは、本件子を両者の間の子として監護養育した。
YとXは、令和元年10月、XがYに対して離婚を求めたことを契機として、別居した。以後、Xが本件子を監護養育している。
Yは、同年11月、本件子が自らの子であるか否かについて疑問を抱き、DNA検査を実施したところ、その結果は、Yが本件子の生物学上の父であることを否定するものであった。
Xは、Yから上記の結果を伝えられたが、これを強く否定せず、同年12月、Yの姉に対し、Yとの婚姻の前にY以外の男性と性的関係を持ったことがあり、本件子を妊娠したことを知った時に上記男性が本件子の父親であるかもしれないと思ったが、そのことをYには伝えなかった旨を述べた。
Yは、令和3年3月、Yと本件子との間の父子関係は存在しないとして親子関係不存在確認調停の申立てをするとともに、Xとの離婚を求めて夫婦関係調整調停の申立てをした。
上記親子関係不存在確認調停の手続において、Xは、Yが本件子の生物学上の父であるか否かについてDNA鑑定の実施を求め、これが実施された。その結果は、Yが本件子の生物学上の父であることを否定するものであったところ、Xは上記調停の期日に出席せず、上記の調停事件は、同年10月、不成立により終了した。また、Xは、上記夫婦関係調整調停の手続において、離婚に応じない姿勢を示し、上記の調停事件は不成立により終了した。
その一方で、Xは、同年4月、Yに対して婚姻費用分担調停の申立てをした。上記の調停事件は、同年11月、不成立により終了し、上記申立ての時に本件申立てがあったものとみなされて、審判に移行した。
原々審の判断
父子関係が存在しないことに加え、本件の事実関係から、XがYに対して婚姻費用の分担を求めることは信義則に反するなどとして、本件申立てを却下しました。
原審の判断
原審は、XがYに対して婚姻費用の分担としてX自身の生活費の分担を求めることは信義則に反すると判断しました。その一方で、子の養育費相当額の月額4万円を支払うべきものとした。
Yが本件子の生物学上の父であることはDNA鑑定によって否定されているものの、本件父子関係はこのことから直ちに否定されるものではなく、その存否は、訴訟においてその他の諸事情も考慮して最終的に判断されるべきものである。したがって、本件父子関係の不存在を確認する旨の判決が確定するまでは、Yは本件子に対する本件父子関係に基づく扶養義務を免れないから、本件子の養育費相当額(月額4万円)は、Yの分担すべき婚姻費用に当たる。
最高裁の判断
夫は、婚姻後に妻が出産し戸籍上夫婦の嫡出子とされている子であって民法772条による嫡出の推定を受けないもの(推定を受けない嫡出子)との間の父子関係について、嫡出否認の訴えによることなく、その存否を争うことができる。そして、訴訟において、財産上の紛争に関する先決問題として、上記父子関係の存否を確定することを要する場合、裁判所がこれを審理判断することは妨げられない。このことは、婚姻費用分担審判の手続において、夫婦が分担すべき婚姻費用に推定を受けない嫡出子の監護に要する費用が含まれるか否かを判断する前提として、推定を受けない嫡出子に対する夫の上記父子関係に基づく扶養義務の存否を確定することを要する場合であっても異なるものではなく、この場合に、裁判所が上記父子関係の存否を審理判断することは妨げられないと解される。
本件子は、戸籍上YとXの嫡出子とされているが、XがYとの婚姻の成立の日から200日以内に出産した子であり、民法772条による嫡出の推定を受けない。そうすると、本件において、Yの本件子に対する本件父子関係に基づく扶養義務の存否を確定することを要する場合に、裁判所が本件父子関係の存否を審理判断することは妨げられない。
ところが、原審は、本件父子関係の存否は訴訟において最終的に判断されるべきものであることを理由に、本件父子関係の不存在を確認する旨の判決が確定するまでYは扶養義務を免れないとして、本件父子関係の存否を審理判断することなく、Yの本件子に対する本件父子関係に基づく扶養義務を認めたものであり、この原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。