酒気帯び運転を理由とする懲戒免職処分を受けたことに伴い退職金が支給されなかった公務員が、退職金不支給処分を争った最高裁判決を紹介します。
最高裁令和5年6月27日判決
公立学校教員だったXが、酒気帯び運転を理由に懲戒免職処分を受けたことに伴い、県教育委員会から、一般の退職手当等の全部を支給しないこととする処分を受けた事案です。
Xが退職金不支給処分の取消しを求め、取消訴訟を提起しました。
事案の概要
職員の退職手当に関する条例(昭和28年宮城県条例第70号。令和元年宮城県条例第51号による改正前のもの。)12条1項1号の規定は、退職者が、懲戒免職処分を受けて退職をした者に該当するときは、当該退職に係る退職手当管理機関は、当該退職者に対し、当該退職者が占めていた職の職務及び責任、当該退職者の勤務の状況、当該退職者が行った非違の内容及び程度、当該非違に至った経緯、当該非違後における当該退職者の言動、当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響を勘案して、当該退職に係る一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行うことができる旨を規定する。
Xは、昭和62年4月に県の公立学校教員に採用され、以後、教諭として勤務した。Xにつき、本件懲戒免職処分以外の懲戒処分歴はなく、その勤務状況にも特段の問題は見られなかった。
Xは、平成29年4月28日、当時勤務していた本件高校の同僚の歓迎会に参加するため、本件高校から自家用車を運転し、その会場付近の駐車場に駐車した。Xは、同日午後6時20分頃から午後10時20分頃まで、上記歓迎会に参加し、ビールを中ジョッキとグラスで各1杯程度、日本酒を3合程度飲んだ。そして、Xは、同日午後10時30分頃、20㎞以上離れた自宅に帰るため、上記自家用車の運転を開始し、約100m走行した場所にある丁字路交差点を右折した際、過失により、優先道路から同交差点に進入してきた車両と衝突し、同車両に物的損害を生じさせる事故を起こした。
その後、Xは、呼気1Lにつき0.35㎎のアルコールが検出されたことから、道路交通法違反の罪(酒気帯び運転)で現行犯逮捕された。上記逮捕の事実については、Xの氏名及び職業も含めて報道され、本件高校は、全校集会や保護者会を開き、Xの学級担任の業務等を他の教諭に担当させるなどの対応をした。
県教委は、平成29年5月17日付けで、Xに対し、上記の酒気帯び運転(以下「本件非違行為」)を理由として本件懲戒免職処分をするとともに、本件規定により、一般の退職手当等(1,724万6,467円)の全部を支給しないこととする本件全部支給制限処分をした。
Xは、平成29年10月30日、上記の罪により罰金35万円の略式命令を受けた。
本件非違行為に先立ち、県教委の教育長は、平成27年度及び同28年度に県の教職員が酒気帯び運転や酒酔い運転により検挙されるなどの事例が相次いでいたことを受けて、平成28年5月16日付け及び同年7月14日付けで、各教育機関の長等に宛てて、今後飲酒運転に対する懲戒処分についてはより厳格に運用していくといった方針を示すなどして、服務規律の確保を求める旨の通知等を発出していた。また、県教委は、同月、Xを含む教職員に対し、非常事態として注意喚起をしていた中で教職員による飲酒運転が繰り返されたことは極めて遺憾であり、飲酒運転につき免職又は5月以上の停職とする旨の懲戒処分の量定に係る基準を改正するなど、今後はより厳格に対応する旨を記載した周知文書を配布していた。
原審の判断
原審は、本件懲戒免職処分は適法であるとしながら、本件全部支給制限処分の取消請求を一部、認めました。
Xについては、本件非違行為の内容及び程度等から、一般の退職手当等が大幅に減額されることはやむを得ない。しかしながら、本件規定は、一般の退職手当等には勤続報償としての性格のみならず、賃金の後払いや退職後の生活保障としての性格もあることから、退職手当支給制限処分をするに当たり、長年勤続する職員の権利としての面にも慎重な配慮をすることを求めたものと解される。そして、Xが管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間誠実に勤務してきたこと、本件事故による被害が物的なものにとどまり既に回復されたこと、反省の情が示されていること等を考慮すると、本件全部支給制限処分は、本件規定の趣旨を超えてXに著しい不利益を与えるものであり、本件全部支給制限処分のうち、Xの一般の退職手当等の3割に相当する額を支給しないこととした部分は、県教委の裁量権の範囲を逸脱した違法なものであると認められる。
最高裁の判断
最高裁は、本件全部支給制限処分の取消請求を認めませんでした。
本件条例の規定により支給される一般の退職手当等は、勤続報償的な性格を中心としつつ、給与の後払的な性格や生活保障的な性格も有するものと解される。そして、本件規定は、個々の事案ごとに、退職者の功績の度合いや非違行為の内容及び程度等に関する諸般の事情を総合的に勘案し、給与の後払的な性格や生活保障的な性格を踏まえても、当該退職者の勤続の功を抹消し又は減殺するに足りる事情があったと評価することができる場合に、退職手当支給制限処分をすることができる旨を規定したものと解される。このような退職手当支給制限処分に係る判断については、平素から職員の職務等の実情に精通している者の裁量に委ねるのでなければ、適切な結果を期待することができない。
そうすると、本件規定は、懲戒免職処分を受けた退職者の一般の退職手当等につき、退職手当支給制限処分をするか否か、これをするとした場合にどの程度支給しないこととするかの判断を、退職手当管理機関の裁量に委ねているものと解すべきである。
したがって、裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては、退職手当管理機関と同一の立場に立って、処分をすべきであったかどうか又はどの程度支給しないこととすべきであったかについて判断し、その結果と実際にされた処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく、退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で、当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきである。
本件規定は、退職手当支給制限処分に係る判断に当たり勘案すべき事情を列挙するのみであり、そのうち公務に対する信頼に及ぼす影響の程度等、公務員に固有の事情を他の事情に比して重視すべきでないとする趣旨を含むものとは解されない。また、本件規定の内容に加え、本件規定と趣旨を同じくするものと解される国家公務員退職手当法(令和元年法律第37号による改正前のもの)12条1項1号等の規定の内容及びその立法経緯を踏まえても、本件規定からは、一般の退職手当等の全部を支給しないこととする場合を含め、退職手当支給制限処分をする場合を例外的なものに限定する趣旨を読み取ることはできない。
以上を踏まえて、本件全部支給制限処分の適否について検討すると、前記事実関係等によれば、Xは、自家用車で酒席に赴き、長時間にわたって相当量の飲酒をした直後に、同自家用車を運転して帰宅しようとしたものである。現に、Xが、運転開始から間もなく、過失により走行中の車両と衝突するという本件事故を起こしていることからも、本件非違行為の態様は重大な危険を伴う悪質なものであるといわざるを得ない。
しかも、Xは、公立学校の教諭の立場にありながら、酒気帯び運転という犯罪行為に及んだものであり、その生徒への影響も相応に大きかったものと考えられる。現に、本件高校は、本件非違行為の後、生徒やその保護者への説明のため、集会を開くなどの対応も余儀なくされたものである。このように、本件非違行為は、公立学校に係る公務に対する信頼やその遂行に重大な影響や支障を及ぼすものであったといえる。さらに、県教委が、本件非違行為の前年、教職員による飲酒運転が相次いでいたことを受けて、複数回にわたり服務規律の確保を求める旨の通知等を発出するなどし、飲酒運転に対する懲戒処分につきより厳格に対応するなどといった注意喚起をしていたとの事情は、非違行為の抑止を図るなどの観点からも軽視し難い。
以上によれば、本件全部支給制限処分に係る県教委の判断は、Xが管理職ではなく、本件懲戒免職処分を除き懲戒処分歴がないこと、約30年間にわたって誠実に勤務してきており、反省の情を示していること等を勘案しても、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものとはいえない。