相続回復請求権の消滅時効完成前に取得時効が成立するか?を判断した最高裁判決を紹介します。
最高裁令和6年3月19日判決
民法884条所定の相続回復請求権の消滅時効が完成していない場合、相続回復請求の相手方が、消滅時効の完成前に相続財産である不動産の共有持分権を時効により取得することはできるか?を判断した最高裁判決です。
相続回復請求権
相続の開始後に、真正でない相続人(表見相続人)が相続財産の一部又は全部を占有・支配して、真正な相続人の権利を侵害することがあります。この場合、真正相続人が表見相続人に対して、自分の相続権を主張してその侵害を排除し、相続財産の占有・支配を回復させる制度が相続回復請求権です。
相続回復請求権は、民法884条に規定があります。
(相続回復請求権)
第884条 相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から5年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から20年を経過したときも、同様とする。
民法884条は、相続回復請求権の時効期間についてのみ規定していて、どのような権利なのかは、何も規定がありません。
最高裁昭和53年12月20日大法廷判決
最高裁は、相続回復請求権を「表見相続人が真正相続人の相続権を否定し相続の目的たる権利を侵害している場合に、真正相続人が自己の相続権を主張して表見相続人に対し侵害の排除を請求することにより、真正相続人に相続権を回復させよう」とする制度と述べています。
さらに、最高裁は、相続回復請求権の消滅時効を援用できる表見相続人を以下のように、善意無過失の表見相続人に限定しています。
「当該財産について、自己に相続権がないことを知りながら、又はその者に相続権があると信ぜられるべき合理的事由があるわけではないにもかかわらず、自ら相続人と称してこれを侵害している者は、自己の侵害行為を正当行為であるかのように糊塗するための口実として名を相続にかりているもの又はこれと同視されるべきものであるにすぎず、実質において一般の物権侵害者ないし不法行為者であって、いわば相続回復請求制度の埒外にある者にほかならず、その当然の帰結として相続回復請求権の消滅時効の援用を認められるべき者にはあたらない」。
相続回復請求権と取得時効
真正相続人から相続回復請求権の行使を受けた表見相続人が、取得時効の成立を主張して、相続回復請求権を拒絶できるか?という問題があります。
大審院の判例は、取得時効を定めた民法162条は時効に関する一般規定であり、相続回復請求権の消滅時効を定めた民法884条は特別規定なので、民法884条が民法162条に優先すると判断しています。つまり、相続回復請求権が消滅時効にかからない限り、取得時効の完成による所有権の取得を主張することはできないのです。
事案の概要
Bは、平成13年4月、甥であるY1及びA並びに養子であるXに遺産を等しく分与する旨の自筆証書遺言をした。
Bは、本件不動産を所有していたが、平成16年2月13日に死亡した。Bの法定相続人は、Xのみである。
Xは、平成16年2月14日以降、所有の意思をもって、本件不動産を占有している。Xは、同日当時、本件遺言の存在を知らず、本件不動産を単独で所有すると信じ、これを信ずるにつき過失がなかった。
Xは、平成16年3月、本件不動産につき、X単独名義の相続を原因とする所有権移転登記をした。
Y2及び同Y3は、平成31年1月、東京家庭裁判所により、本件遺言の遺言執行者に選任された。
Xは、平成31年2月、Yら及びAに対し、本件不動産に係るY1及びAの各共有持分権につき、取得時効を援用する旨の意思表示をした。
原審の判断
原審は、Xによる取得時効の成立を認めました。
最高裁の判断
原審と同様、最高裁もXによる取得時効の成立を認めました。
民法884条所定の相続回復請求権の消滅時効と同法162条所定の所有権の取得時効とは要件及び効果を異にする別個の制度であって、特別法と一般法の関係にあるとは解されない。また、民法その他の法令において、相続回復請求の相手方である表見相続人が、上記消滅時効が完成する前に、相続回復請求権を有する真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられる旨を定めた規定は存しない。
そして、民法884条が相続回復請求権について消滅時効を定めた趣旨は、相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期かつ終局的に確定させることにあるところ、上記表見相続人が同法162条所定の時効取得の要件を満たしたにもかかわらず、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成していないことにより、当該真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられると解することは、上記の趣旨に整合しないものというべきである。
以上によれば、上記表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができるものと解するのが相当である。
包括受遺者が相続回復請求権を有する場合であっても異なるものではない。したがって、Xは、本件不動産に係るY1及びAの各共有持分権を時効により取得することができる。