債権侵害に関する最高裁判決を紹介します。
最高裁令和5年10月23日判決
株式会社A社からマンションの建築工事を請け負った被上告人が、上告人会社においてA社からマンションの敷地を譲り受けた行為が、被上告人のA社に対する請負代金債権及び上記マンションの所有権を違法に侵害する行為に当たるか?が争われた事案です。
事案の概要
A社は、松江市所在の本件敷地にマンションを建築して分譲販売することを計画し、平成26年、本件敷地を合計6,100万円で購入した上、平成27年6月、被上告人との間で、A社を注文者、被上告人を請負人として、本件敷地に本件マンションを建築する旨の請負契約を締結した。本件契約における請負代金は、10億1,500万円とされ、その支払時期及び支払額は、契約後(同年7月末日)に5,000万円、上棟時(平成28年6月末日)に1億5,000万円、完了時(同年11月末日)に8億1,500万円とされた。
被上告人は、A社から、本件代金のうち、平成27年8月までに5,000万円の支払を受けたが、上棟時に支払われるべき1億5,000万円の支払を受けることができなかったため、平成28年7月、本件敷地について、極度額を6,000万円、債権の範囲を請負取引、債務者をA社、根抵当権者を被上告人とする根抵当権の設定を受け、その旨の登記がされた。なお、上記根抵当権は、本件敷地の交換価値の全部を把握するものであった。
被上告人は、A社から、本件代金について、平成29年2月15日までに遅延損害金を除いて合計6,017万円余の支払を受けるにとどまった。そこで、被上告人は、同日、本件契約に係る建築工事を中止し、また、同月17日、本件マンションを自己の占有下に置き、A社の関係者が本件マンションに立ち入ることを禁じた上、A社に対して単独で本件マンションを分譲販売することを止めるように申し入れ、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権の回収を図ることとした。被上告人が本件工事を中止した時点における本件工事の出来高は、本件工事全体の99%を超えていた。
他方、A社は、その頃、本件マンションを分譲販売するのではなく、本件マンション1棟を販売することを計画し、上告人Y1から買主の紹介を受けるなどしていた。
被上告人の代理人であった弁護士らは、平成29年3月、本件マンションの販売状況等について確認するため、A社の代表取締役らと面談したが、A社の対応が信頼に足りるものではないと判断した。A社は、被上告人に対し、本件マンションの引渡しを受けて引き続き分譲販売させてほしい旨要望したが、被上告人は、これに応じず、A社について破産手続開始の申立てをする旨の方針を決めた。
上告人会社は、平成29年4月2日、A社から本件敷地を譲り受けた(本件行為)。本件敷地について、A社から上告人会社に対し、売買を原因とする所有権移転登記がされたが、上告人会社は、A社に本件敷地の対価を支払っていない。
被上告人は、平成29年4月18日、A社について破産手続開始の申立てをし、同年6月2日、上記申立てに基づき、破産手続開始の決定がされた。
A社の破産管財人は、平成29年9月、本件行為が破産法160条3項所定の行為に該当することを理由として、本件敷地について上告人会社に破産法による否認の登記手続を求める訴えを提起し、令和元年9月、上記破産管財人の請求を認容する旨の判決が確定した。
原審の判断
原審は、上告人会社がA社から本件敷地を譲り受けた行為が、債権侵害に当たると判断しました。
本件行為の当時、A社には、本件マンションを販売することによって得られる金員をもって支払うほかに、本件代金を支払う手段はなかったのであり、被上告人は、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権の回収を図ることとしていたのであるから、上記方法によって本件債権を回収するという被上告人の利益は、事実上の期待にとどまらず、不法行為法上の法的保護に値する利益となっていたというべきである。これに加えて、上告人らは、被上告人が本件債権の回収を円滑に進めるためには本件マンションを本件敷地と共に分譲販売するほかない状況にあることを知りながら、あえて経済的合理性のない本件行為を行って本件債権の回収を妨害したのであるから、本件行為は、被上告人の上記の債権回収の利益を侵害するものとして本件債権を違法に侵害する行為に当たる。
最高裁の判断
最高裁は、以下のように、上告人会社がA社から本件敷地を譲り受けた行為は、債権侵害に当たらないと判断しました。
本件行為の当時、被上告人は、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権の回収を図ることとしていたが、本件敷地についてはA社が所有しており、また、被上告人において、将来、本件敷地の所有権その他の敷地利用権を取得する見込みがあったという事情もうかがわれないから、被上告人が自ら本件マンションを敷地利用権付きで分譲販売するためには、A社の協力を得る必要があった。しかるに、A社は、被上告人の意向とは異なり、被上告人から本件マンションの引渡しを受けて自らこれを分譲販売することを要望していたというのであるから、被上告人においてA社から上記の協力を得ることは困難な状況にあったというべきである。これらの事情に照らすと、本件行為の当時、自ら本件マンションを分譲販売する方法によって本件債権を回収するという被上告人の利益は、単なる主観的な期待にすぎないものといわざるを得ず、法的保護に値するものとなっていたということはできない。
以上によれば、本件行為は、上記利益を侵害するものとして本件債権を違法に侵害する行為に当たるということはできない。