遺産分割に関して、預金債権が遺産分割の対象となるか?を判断した最近の最高裁判決を取り上げます。
相続人の財産すべてが遺産分割の対象ではない
被相続人(相続の対象となる亡くなられた方)が、相続開始時に有していた財産的権利義務・遺産は、被相続人の一身専属権を除きすべて相続の対象です(民法896条)。
しかし、相続財産のすべてが遺産分割の対象になるわけではありません。遺産共有の法的性質や遺産分割の性格、機能に鑑み遺産分割の対象から除外されるものがあります。
金銭債権は遺産分割の対象ではない
相続財産には様々な種類の財産がありますが、金銭債権は、遺産分割の対象ではないとされています。
最高裁昭和29年4月8日判決
相続財産中に金銭その他の可分債権があるときは、法律上当然に分割され各共同相続人は相続分に応じて権利を承継すると判断しています。
最高裁昭和30年5月31日判決
同じく、相続財産中に金銭その他の可分債権が存在するときは、法律上当然に分割され各共同相続人は相続分に応じて権利を承継すると判断しています。
預金債権は遺産分割の対象なのか?
被相続人が金融機関に対して有する預金債権が遺産分割の対象となるか?が問題になります。預金債権は、可分債権の一種です。そのため、遺産分割協議を待つまでもなく、相続開始とともに当然分割され各相続人に法定相続分に応じて帰属します。
したがって、預金債権は、遺産分割の対象ではありません。ただし、遺産分割調停実務上、相続人から遺産分割の対象ではないという積極的な申出がない限りは遺産分割の対象として扱っています。
ところが、最近になって、最高裁が従来の判断を覆しました。
最高裁平成28年12月19日大法廷判決
普通預金、通常貯金、定額貯金について、相続開始と同時に当然分割されず、遺産分割の対象になると判断しました。最高裁がこのように判断したのは、次のような理由からです。
普通預金口座等が賃金や各種年金給付等の受領のために一般的に利用されるほか、公共料金やクレジットカード等の支払のための口座振替が広く利用され、定期預金等についても総合口座取引において当座貸越の担保とされるなど、預貯金は決済手段としての性格を強めてきている。
預貯金債権の存否及びその額が争われる事態は多くなく、預貯金債権を細分化してもこれによりその価値が低下することはない。
預貯金は、預金者においても、確実かつ簡易に換価することができるという点で現金との差をそれほど意識させない財産であると受け止められている。
可分債権が相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるという理解を前提としながら、遺産分割手続の当事者の同意を得て預貯金債権を遺産分割の対象とするという運用が実務上広く行われてきている。
普通預金債権及び通常貯金債権は、いずれも、1個の債権として同一性を保持しながら、常にその残高が変動し得る。
預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り、同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在し、各共同相続人に確定額の債権として分割されることはない。
相続開始時における各共同相続人の法定相続分相当額を算定することはできるが、預貯金契約が終了していない以上、その額は観念的なものにすぎないというべきである。預貯金債権が相続開始時の残高に基づいて当然に相続分に応じて分割され、その後口座に入金が行われるたびに、各共同相続人に分割されて帰属した既存の残高に、入金額を相続分に応じて分割した額を合算した預貯金債権が成立すると解することは、預貯金契約の当事者に煩雑な計算を強いるものであり、その合理的意思にも反する。
最高裁平成29年4月6日判決
信用金庫の定期預金,定期積立について相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないと判断しました。最高裁がこのように判断したのは次のような理由です。
定期預金の利率が普通預金より高いのは一定期間内に払戻しをしないという条件による。単なる特約ではなく定期預金の要素になっている。
定期預金が相続開始と同時に当然分割されるとして,契約上分割払戻しができないので,共同相続人が共同で払戻しをしなければならず,単独で払戻しを求めることができない。
定期積立預金についても同様のことがいえる。