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刑事施設の収容者が収容中に受けた治療のカルテの開示請求


刑事施設の収容者が収容中に治療を受けたカルテが、個人情報に該当するか?を判断した最高裁判決を紹介します。

最高裁令和3年6月15日判決

 東京拘置所に収容されていた上告人が、収容中に自分が受けた診療に関するカルテの開示を請求した事案です。

事案の概要

 上告人は、平成28年1月25日、被告人として千葉刑務所に収容され、同年7月20日、同刑務所から東京拘置所に移送された。

 上告人は、平成29年5月12日、東京矯正管区長に対し、自分のカルテ(以下、「本件情報」という。)の開示を請求した。東京矯正管区長は、同年6月15日付けで、本件情報は行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に該当するとして、その全部を開示しない旨の本件決定をした。

争点

 行政機関個人情報保護法12条1項は、誰でも、行政機関の長に対し、当該行政機関が保有する自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができることを規定しています。そして、同法14条は、行政機関の長は、上記の請求があったときは、同条各号に掲げる不開示情報のいずれかが含まれている場合を除き、請求をした者に対し、当該保有個人情報を開示しなければならないと規定しています。

 一方、行政機関個人情報保護法45条1項は、刑事事件若しくは少年の保護事件に係る裁判、検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が行う処分、刑若しくは保護処分の執行,更生緊急保護又は恩赦に係る保有個人情報(当該裁判、処分若しくは執行を受けた者、更生緊急保護の申出をした者又は恩赦の上申があった者に係るものに限る。)については、上記の12条1項・14条を含む同法第4章の規定を適用しないと規定しています。

 この裁判では、拘置所に収容中に治療を受けたカルテが、行政機関個人情報保護法45条1項の個人情報に該当するか?が争われました。

原審の判断

 本件情報は、行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たり、同法12条1項の規定による開示請求の対象から除外されると判断しました。

 被収容者に対する処遇は、刑事事件に係る裁判の内容を実現するために必然的に付随する作用であり、これに係る保有個人情報が開示請求の対象となると、第三者による前科等の審査に用いられ、当該情報の本人の社会復帰を妨げるなどの弊害が生ずるおそれがある。そうすると、上記保有個人情報については、行政機関個人情報保護法45条1項所定の刑事事件に係る裁判に係る保有個人情報に当たると解すべきところ、被収容者に対する診療は、被収容者の処遇の一環として行われるものであるから、これに関する情報についても、別段の定めがない以上、上記の刑事事件に係る裁判に係る保有個人情報に該当する。

最高裁の判断

 最高裁は、本件情報は、行政機関個人情報保護法45条1項の個人情報に該当しないと判断しました。

 行政機関個人情報保護法45条1項は、平成15年改正によって新たに設けられた規定である。旧法は、何人も、個人情報ファイルを保有する行政機関の長に対し、自己を本人とする処理情報の開示を請求することができる旨を規定しつつ(13条1項本文)、刑事事件に係る裁判若しくは検察官、検察事務官若しくは司法警察職員が行う処分又は刑の執行に関する事項を記録する個人情報ファイルについてはこの限りでない旨を規定していた(同項ただし書)。これは、刑事裁判等関係事項に係る個人情報には個人の前科、収容歴等の情報が含まれており、これが開示請求の対象となると、就職の際に開示請求の結果を提出させるなどの方法で第三者による前科等の審査に用いられ、本人の社会復帰を妨げるなどの弊害が生ずるおそれがあるため、これを防止するという趣旨に基づくものであったと解される。また、旧法は、個人情報ファイル簿に掲載されていない個人情報ファイルに係る処理情報について、開示請求をすることができるものから除く旨を規定し(13条1項本文)、勾留の執行、矯正又は更生保護に関する事務(7条3項3号)等に使用される個人情報ファイルについて、その保有目的に係る事務の適正な遂行を著しく阻害するおそれがあると認めるときは、個人情報ファイル簿に掲載しないことができる旨を規定していた(同項柱書き)。 他方、旧法13条1項ただし書は、刑事裁判等関係事項とは別に、病院、診療所又は助産所における診療に関する事項(以下「診療関係事項」という。)を記録する個人情報ファイルに係る処理情報を開示請求の対象から除外する旨を規定していた。これは、診療関係事項に係る個人情報の開示については、当面、診療の当事者相互の信頼関係に基づく医療上の判断に委ねるのが適当であるとの考えに基づくものであったと解される。

 拘置所を含む刑事施設においては、被収容者の健康等を保持するため、社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとされ(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律56条)、刑事施設の長は、被収容者が負傷し、若しくは疾病にかかっているとき、又はこれらの疑いがあるとき等には、速やかに、刑事施設の職員である医師等による診療を行い、その他必要な医療上の措置を執るなどとされている(同法62条1項等)。そして、刑事施設の中に設けられた病院又は診療所にも原則として医療法の規定が適用され(同法30条の2、医療法施行令3条2項参照)、これらの病院又は診療所において診療に当たる医師等も医師法又は歯科医師法の規定に従って診療行為を行うこととなる。そうすると、被収容者が収容中に受ける診療の性質は、社会一般において提供される診療と異なるものではないというべきである。このことは、旧法が制定された当時の監獄法等の下においても同様であったということができる。

 以上に照らすと、旧法において、被収容者が収容中に受けた診療に関する事項を記録する個人情報ファイルに係る処理情報は、その性質上、13条1項ただし書の診療関係事項として開示請求の対象から除外されていたと解するのが自然であり、これを刑事裁判等関係事項又は7条3項3号所定の事務に係る事項に関するものとして開示請求の対象から除外することは想定されていなかったものと解される。

 平成15年改正によって新たに設けられた行政機関個人情報保護法45条1項は、その文理等に照らすと、旧法13条1項ただし書の刑事裁判等関係事項に係る規定と同様の趣旨から、刑事裁判等関係事項のほか、旧法においては事務の適正な遂行の阻害防止の観点から一定の場合に限り処理情報の開示請求をすることができないものとされていた旧法7条3項3号所定の事務に係る事項であって上記趣旨にかなうものを含む保有個人情報について、第4章の規定を適用しないこととして、開示請求等の対象から除外する規定であると解される。

 他方、行政機関個人情報保護法には、診療関係事項に係る保有個人情報を開示請求の対象から除外する旨の規定は設けられなかった。その趣旨は、行政機関が保有する個人情報の開示を受ける国民の利益の重要性に鑑み、開示の範囲を可能な限り広げる観点から、医療行為に関するインフォームド・コンセントの理念等の浸透を背景とする国民の意見、要望等を踏まえ、診療関係事項に係る保有個人情報一般を開示請求の対象とすることにあると解される。そして、同法45条1項を新たに設けるに当たっては、社会一般において提供される診療と性質の異なるものではない被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報について、同法第4章の規定を適用しないものとすることが具体的に検討されたことはうかがわれず、その他、これが同項所定の保有個人情報に含まれると解すべき根拠は見当たらない。

 以上によれば、被収容者が収容中に受けた診療に関する保有個人情報は、行政機関個人情報保護法45条1項所定の保有個人情報に当たらないと解するのが相当である。


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