発信者情報開示請求に関する最高裁判決を紹介します。
最高裁令和5年1月27日判決
プロバイダ責任制限法5条1項は、ネット上の掲示板やSNSなどにより、自己の権利を侵害されたとする者が、一定の要件の下で、プロバイダ等(開示関係役務提供者)に対して、その保有する当該権利の侵害に係る発信者情報の開示を請求することができると規定しています。
開示請求できる発信者情報の具体的な内容は、省令に委ねられています。
省令は、発信者情報として、発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称、これらの者の住所等を定めていました。令和2年8月31日に省令が改正され、発信者情報に、発信者の電話番号が追加されました。
本判決では、省令の改正前に侵害行為があった場合に、改正後の省令によって、発信者の電話番号の開示を請求できるか?が争点になりました。
事案の概要
平成30年11月22日、 本件記事がインターネット上の電子掲示板に匿名で投稿された。本件記事は、会社の役員である上告人が私腹を肥やしているとの印象を与えるものであり、かつ、殊更に上告人の容姿を揶揄する内容となっており、社会通念上許される限度を超えて上告人の名誉感情を侵害するものであった。 本件記事は、平成31年1月24日までに電子掲示板から削除された。
上告人は、令和元年6月、本件記事の投稿という情報の流通によってされた自己の権利の侵害に係る発信者情報として、上記投稿に係る発信者の氏名、住所等の開示を求めて本件訴えを提起し、改正省令の施行後である令和2年9月、原審において、上記の者の電話番号(本件情報)の開示を求める請求を追加する訴えの変更をした。原審は、令和3年5月、口頭弁論を終結した。
原審の判断
原審は、以下のとおり、電話番号の開示を認めませんでした。
改正省令の施行前に特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が、上記施行後に当該権利の侵害に係る発信者情報として発信者の電話番号(改正後省令3号)の開示を請求することができると解することは、通信の秘密や表現の自由という発信者の重大な権利利益を侵害するものというべきであるから、改正省令の附則に改正後省令3号の遡及適用を許容する根拠となり得る規定がない以上、許されない。したがって、上告人は、上記施行前に本件記事の投稿によってされた自己の権利の侵害に係る発信者情報として、発信者の電話番号の開示を請求することができない。
最高裁の判断
最高裁は、原審の判断を覆し、電話番号の開示を認めました。
法4条1項(現在は5条1項)は、所定の要件の下に、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が開示関係役務提供者に対して当該権利の侵害に係る発信者情報の開示を請求することができる旨を規定するものであって、平成14年5月27日の法の施行から令和3年法律第27号(令和4年10月1日施行)による改正までの間、改正されていない。本件省令は、法4条1項の委任を受けて、改正前省令では、発信者情報として発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名、住所等を定めていたところ、改正省令により発信者情報に発信者の電話番号を追加する旨の改正がされたが、改正省令その他の法令において、改正省令の施行前にされた情報の流通による権利の侵害に係る発信者情報の開示の請求について改正後省令の規定の適用を排除し、改正前省令の定めるところによる旨の経過措置等の規定は置かれなかった。そうすると、上記施行後にされた法4条1項に基づく発信者情報の開示の請求については、権利の侵害に係る情報の流通の時期にかかわらず、改正後省令の規定が適用されるというべきである。
そして、法4条1項が同項による開示の請求の対象となる情報を総務省令で定めることとした趣旨は、情報通信を取り巻く技術の進歩や社会環境の変化等により開示関係役務提供者の保有する発信者の特定に資する情報の内容や範囲が変わり得るため、総務省令の改正による機動的な対応を可能とすることにあると解され、改正省令による本件省令の改正は、上記趣旨に従い、発信者情報に発信者の電話番号(改正後省令3号)を追加するものにとどまることからすれば、法4条1項及び改正後省令3号の解釈として、改正省令の施行後にされた情報の流通による権利の侵害に限り、発信者の電話番号が発信者情報として開示の請求の対象に含まれることになると解することはできない。
以上によれば、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、当該権利の侵害が改正省令の施行前にされたものであったとしても、法4条1項に基づき、当該権利の侵害に係る発信者情報として、上記施行後に発信者の電話番号の開示を請求することができるというべきである。
したがって、上告人は、上記施行前に本件記事の投稿によってされた自己の権利の侵害に係る発信者情報として、発信者の電話番号の開示を請求することができる。